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  (六)批難される卑怯者

「食べないのか」

「あ……ああ、ごめん。食べる」

 ジキルはグラタンを口に運んだ。冷ましたつもりだったが、まだ熱かったのだろう。舌先に痛み。軽い火傷だ。クレオンのことを馬鹿にはできない。ジキルは水を飲んで誤魔化した。

 少し焦げたチーズでカリッと焼けたパスタをかじると、中に詰められていたソースが押し出される。チーズのこうばしさと牛乳のまろやかさが口の中に広がり、なんとも幸せな気分になった。

 熱々のグラタンを、ジキルはもちろん隣のクレオンも黙々と食べた。そんな二人の向かいに腰掛けるロイスも自信作を口にして、満足気に頷いた。あっという間に三人はグラタンを平らげた。クレオンに至っては皿まで綺麗にして完食。気を良くしたロイスは、紅茶のセットを取り出した。

「話は戻りますが」

 ロイスは食後の紅茶を淹れながらクレオンに訊ねた。

「要するにあなたは兄さんとクレア王女の結婚を破談させたいのですよね? でしたら、我々と目的は一致しています。いがみ合うのではなく、協力したらどうですか?」

 クレオンは怪訝そうに眉を顰めた。

「さっきも言っていたが、本当なのか?」

「いや、別にクレア王女が嫌いだとか、そういうわけじゃないんだぞ」

 先ほどのこともありジキルは慌てて弁明した。

「まともに会話したこともないし、どういう人かもわからないのに結婚なんて考えられないというか……お前の言う通り、田舎者の俺にしてみれば相手は雲上人だから」

「だから畏れ多いとでも?」クレオンは鼻で笑った「お前、ずいぶんと悠長なことを言っているな。今頃、王都ではクレア王女の婚姻話で持ちきりだろうさ」

「俺はまだ了承していないのに?」

「お前の意思なんて関係ない。話を保留にした時点で婚姻は時間の問題だと認識される」

 価値観の断絶は深かった。貴族の中でも上流階級に位置するクレオンにとって、結婚は家同士を結ぶものであり当人同士の相性や個人的感情の挟む余地はない。対するジキルは一般的な平民らしく、結婚は基本的に当人同士の合意によって成り立つものだと思っている。奇しくも『結婚の破談』という目的は同じでも、理由はまるで違った。

「兄さんは『暁の魔女』を探して旅をしています。だから結婚はしたくないんですよ。曲りなりにも王族の一員となってしまえば、なににつけても縛られてしまいますからね」

 見かねたロイスが適当な理由を挙げて、クレオンに訊ねた。

「なんとか婚姻を回避する方法はありませんか?」

「陛下が気を変えてくださらない限り、無理だ。歴代の王の頭痛の種だったオルブライトを倒した英雄を放っておくことはしないだろう」

「じゃあ兄さんが陛下に失望されればいいんですね。たとえば誰かに敗れるとか」

 弟のとんでもない発言にジキルは眩暈がした。自尊心の問題もあるが、わざと負ける方が勝つよりも難しいことをどうか察して欲しい。

「それが最善策だな」

 恐るべきことにクレオンまでもがロイスの案に頷いた。

「……もしかして、それでいきなり俺に決闘を?」

「公衆の面前でお前が僕に負けて無様な姿を晒せば、国王といえども考えを改めざるを得ない。唯一の取り得である名声ですら失われるのだからな」

「ならやっぱり負けるしかないでしょう。恨むなら分不相応にも竜なんか倒してしまった自分を恨んで、譲歩したらどうです?」

 他人事のようにいい加減なことを言って、不意に「それにしても」とロイスは呟いた。

「今でも信じられませんよ。罠猟ばかりしていた兄さんが、剣で竜を倒すなんて勇ましい真似をするなんて」

「罠猟?」

 クレオンの片眉が跳ね上がった。

「鹿や猪といった獣が通りそうな場所に罠を仕掛けたり、矢じりに毒を塗って射止めたり、とにかく色々やってましたよ。昔からそういう姑息なことばかり上手で」

「いいだろ、狩れれば」

「できればもう少し格好良く狩ってほしいですね」

 無茶を言う。命のやりとりの中で体面なんぞ二の次だ。

 居心地の悪さを誤魔化すようにジキルはお茶うけのクッキーを頬張った。紅茶に合わせて少しチョコを多めに入れたクッキー。サクサクの食感を堪能している傍らで、クレオンがティーカップを置いた。

「おい」一段と低い声が咎める「お前、一体どうやってオルブライトを倒した」

「……が、頑張って」

 倒しました、と言いかけてジキルは口を噤んだ。クレオンが射殺さんばかりに睨んでいたからだ。観念して白状した。

「供物に特別な調味料を」

「毒を盛って殺したのか」

「あんなデカい竜を殺せる毒薬なんて作れるか。ちょっと睡眠薬を盛っただけだ」

 実際は、ちょっとどころの量ではなかった。

 竜は人間よりも抵抗力がある上に身体が規格外に大きい、つまり体積が多い。正体なくして眠らせるには王国中の眠り草が必要だろう。

 結局ジキルが用意した分では足りず、オルブライトの意識を奪うまでには至らなかった。 とはいえ、睡眠薬の効果はあった。オルブライトの反応は鈍くなっていた。

「立派な毒薬だな」

 平静を装っているようだが、クレオンの頬が引きつっていた。ロイスでさえも醒めた目で兄を見る。

「ま、そんなことだろうとは思っていましたが」

「でも、ちゃんと一対一で戦ったんだぞ。オルブライトの住処に単身乗り込み、魔剣だけど、一振りの剣を掲げてだな」

「睡眠薬で前後不覚にした竜相手にな」クレオンは吐き捨てた「この卑怯者め」

「いや、だって竜だぞ。鼻息だけで鳥を撃ち堕として、尻尾の一振りで建物を壊して、翼のはためきで突風を起こすような生き物だぞ。真正面から挑んだって人間なんか踏みつけられて終わりさ。多少の小細工だって許されるだろ」

「するなとは言いませんが、もう少し外聞をはばかってほしいですね。どうせ兄さんのことだから、他にも色々――足場に爆薬仕掛けたり、目を潰したり、なりふり構わずやったんでしょう」

「う……」

 さすが我が弟、兄の性分をよく心得ている。反論の言葉を失って黙っていると、クレオンに胸ぐらを掴まれた。

「貴様、どの面下げて陛下から恩賞を賜った!?」

「だから報酬は必要経費以上いらないって言ったんじゃないか!」

 にもかかわらず多過ぎる報酬を与えたのはダニエル国王だ。

 正々堂々と剣だけで竜に挑み討ち取ったと思っていたのなら当然かもしれないが、現実はそんなに都合良くはいかない。

 竜と人間の身体能力には大きな差がある。そのどうしようもない差を埋めるためにジキルは様々な手法を考え実行したのだ。

 クレオンは捨てるかのようにジキルを掴む手を離した。自身の額を手で押さえ、深いため息と一緒に皮肉を吐いた。

「大した英雄だ」

「ほら、ご覧なさい。こんな人が王女様に相応しいとは思えないでしょう。やはりこの度の婚姻は全力でなかったことにした方が良いかと」

「そうだな」

 あっさりとクレオンは同意した。目的に向けての第一段階はめでたく終了したにもかかわらず、ジキルは釈然としなかった。


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