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  (三)対峙する仇

 つまり、三年前に突如家出した末っ子は『暁の魔女』なんぞという怪しげな秘密結社に入った挙句、五年前の母の仇を討つべくブレイク伯爵夫人をはじめとする大勢の方々を巻き込んで盛大な復讐に乗り出した――状況と事情を把握したジキルは頭痛を覚えた。

 曲がりなりにも事情を知っているクレオンも、ジキルの様子を見て「当たりだったようだな」と、おおよそを理解したようだ。

「ところでクレオン、どうしてルルだとわかったんだ?」

「人質となった使用人の名が『レナ=ヴィンセント』だった。偽名だったが、関係者だと言っているようなものだ。念のため年齢と特徴を聞いたら、お前の妹と一致した」

 ルルなりの皮肉だったのだろう。幸いと言うべきか残念と言うべき当然と言うべきか、ブレイク伯爵はおろか誰一人としてその名の意味に気づかず、無事ルルは使用人として屋敷に潜り込めた。

「これは一体、どういうことだ」

 一番よくわかっていないのは、標的であるブレイク伯爵。訝しげな顔でルルとジキルを交互に見る。

「失礼しちゃうわね。こっちは五年前から一日たりとも」

「た、たすけ」

 ルルは右足を思い切り振り下ろした。靴底が石造りの床を粉砕し、深々と食い込む。非現実的な光景だった。無論、魔法を使って身体強化を施せば簡単にできることではあった。ずいぶんと滑らかな動きで、ルルの上達ぶりが伺えた。

 自身のすぐ横に靴跡を刻まれたヴィオレッタは、恐怖に顔を強張らせる。

「奥様、他人が話しているのを遮らないでくださいませんか?」

 台詞こそお願いのようだが、やっていることは命令であり脅迫だった。ヴィオレッタを黙らせてから、ルルは改めてブレイク伯爵に向き直った。

「復讐される覚えがないなんて言わせないわ。ノイラの魔女、と言えばわかっていただけるかしら」

 ブレイク伯爵は口をつぐんだ。思い出せないのだろう。当然だ。ノイラは小さな村だった。これといった特産品があるわけでもなく、何よりもリーファン王国の領地ではなかった。それゆえに領地視察の対象にもならない。とにかく静かで平穏で、どこにでもありそうな村だった。

 五年前に消えた村――消える時も静かだった。

「それじゃあこの名前は?」ルルは笑顔で告げた「レナ=ヴィンセント」

 顔を強張らせてブレイク伯爵はルルを凝視した。額には脂汗が浮かび、手は震えていた。

「あらそう、わからないのね」

「ち、違う……っ!」

「無理もないわ。魔女とは言っても名ばかりで、魔法一つ満足に使えない落ちこぼれだったから」

 でもね、とルルは呟いた。途端、幼さの残る顔が凄みを帯びる。前領主を見据える目に浮かんでいるのは、紛れもない憎悪だった。

「落ちこぼれでも魔女失格でも、私達にとっては大切な母だった!」

 豹変したルルを前に、顔面蒼白となるブレイク伯爵。対峙する二人を交互に見やり、クレオンは眉を寄せた。

「どういうことだ」

「わからないそうよ。教えてあげたら? あんたがレナ=ヴィンセントに何をしてくれたのか」

 ブレイク伯爵は口を引き結んだまま答えない。両の拳を握りしめてうなだれる様は、嵐が過ぎ去るのをただ待っているように見えた。ルルの目が猫のように細まる。

「自分のことなのに言えないの? じゃあ代わりに私が言ってあげる」

 ルルは剣先をブレイク伯爵に向けた。

「この男はね、王国管理外の村を支配下において自分の領地にするために、魔女を利用したのよ」

 やめろ。ジキルの心情なぞおかまいなしに、ルルはブレイク伯爵の罪を語り出した。

 当時、ノイラを含むノストラ地方の村々は、干ばつによる飢饉と山に突如として大量発生した魔獣の脅威にさらされていた。壊滅寸前の村々は諸悪の根源を魔女だと断定し、大々的な魔女狩りが横行。レナ=ヴィンセントも魔女狩りで処刑された魔女の一人だった。

「そんな村に救いの手を差し伸べたのがブレイク伯爵様。領主としてノストラ地方を統治し税を徴収する代わりに、食糧の援助と魔獣の討伐を約束した。みんな喜んで支配を受け入れたわ。当然よね。飢えか寒さか魔獣の牙か――いずれにしても死ぬだけだもの。荒廃した村を助けてくださったブレイク伯爵様は、感謝と共に領主として迎え入れられたわ」

 ジキルはノエルの柄に触れた。いっそ目も耳も塞いでしまいたかったが、緊迫した状況がそれを許さなかった。自分の愚かさが、否応なしに突きつけられる。

 ブレイク伯爵が領主として派遣されたのは、母が殺されてから三日後のことだった。魔女狩りを禁止し、魔獣討伐隊を結成。食糧の援助と次々に善政を行う新領主に、ジキルは心から感謝した。そして、どうして母が殺される前に来てくれなかったのだろうと、筋違いだとわかりつつも恨めしくも思った。

 どうしようもなく愚かな考えだ。ブレイク伯爵は魔女があらかた処刑されるのをわざわざ待っていたというのに。

 不意にルルは片頬を歪めて笑った。狂気的な気配を宿して。

「馬鹿よね。その新領主様が村を壊滅寸前にまで追い込んだ張本人だっていうのに!」


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