(十一)死んでも母親
どれもジキルのよく知る名だ。白状すれば、パーセンに向かっている途中でわざわざ馬車を降りたのは、その六人含む『連中』の様子を確認しておくため、というのが大きい。もちろん猪肉の調達もあったが、あくまでもついでだ。
結果は不発。全員、何かしら理由があって不在だった。落成式があるこの時期に関係者が軒並みパーセンを離れていることに違和感を覚えつつも、それ以上深く探る時間もなかった。やむなくジキルは大本命であるブレイク伯爵邸に向かって、クレオンと合流した。
「当然だろう」ブレイク伯爵は悪びれる様子もなかった「各地から賓客をお招きしている手前、不穏な事件を表ざたにすることはできない」
貴族としては正論。だが、理由は他にあることをジキルは気づいて――いや、知っている。何故、ブレイク伯爵が連続失踪事件を隠蔽したいのか。
「調べによれば、失踪した六人にはパーセンの名士であることの他に『ある共通点』が存在する」
「今回の件と関係があるとは考えにくい」
クレオンの言葉を遮るようにブレイク伯爵は強い口調で言った。先ほどまでよりもいくぶんか覇気が戻っている。少なくとも自分の痛いところを暴こうとするクレオンを警戒するだけの気力はあるようだ。
「それで、この件をどう収束させるつもりだ」
さりげなく問題解決の任をこちらに押し付けようとする点も抜かりない。領内で起きた事件で、しかも事を起こしたのは妻のヴィオレッタだというのに。
「恐れながら伯爵にご足労いただくほかないでしょう」
台詞とは裏腹にクレオンには遠慮も容赦もない。
「ご安心ください。護衛と共に我々も管理塔へ参ります。隙を見て夫人を取り押さえ、万が一の際には伯爵をお守りいたします」
「他に方法はないのだな?」
「全く交渉に応じる気配がないもので」
ブレイク伯爵はしばらく考え込んだ。
「管理塔の東には時計台がある。そこから狙うことはできないのか?」
「既に時計台には何名か兵を配備させており、伯爵夫人に動きがあれば報告が来る手はずになっております」
「監視のことではない。狙い撃つことはできないのかと訊いているのだ」
ジキルは呆れてものが言えなかった。仮にも妻であるヴィオレッタの狙撃を提案するブレイク伯爵の思考を理解することができない。
「不可能です。窓から見える位置に夫人はいらっしゃいません」
顔色一つ変えずに答えるクレオンもまた、ジキルには別世界の人間のように思えた。悪寒を覚える。せり上がってきた嘔吐感を、口元に手を当てこらえた。
妻でさえ切り捨てることをいとわない伯爵。切り捨てることも当然のごとく念頭において動くクレオン――これが、為政者なのか。貴族なのか。
(母さんも、そのひとり、か)
記憶に残らない。それどころか存在すら認識されない。道の途中で踏みつけた花をいちいち目に留めることがないように。
無意識の内にジキルの手が腰に差した魔剣の柄に伸びる。馴染んだ感触はまるで思いのままに振るうことを歓迎しているようだった。遠慮はいらない。貴族の都合など知ったことか。憎悪と殺意に任せて、剣を抜いて振り下ろせばいい。
(………………だめ、だ)
柄に掛けた手を意志の力で引き離す。降ろした手は拳を作り、小刻みに震えた。それでも、ジキルは剣を抜こうとはしなかった。できなかった、というのが正しい。
(うらむぞ、母さん)
母と最期に交わした約束は、今でもジキルを縛り付けていた。




