(六)ご機嫌麗しくない婚約者
目覚めても暗闇に変わりはなかった。
いや、何かで視界を閉ざされているのだ。目を覆うそれにジキルは手を伸ばした。指に柔らかい布の感触――包帯だ。身を横たえている周辺を叩くと、これまた柔らかいクッション。誰かがベッドまで運んでくれたのだろう。ご丁寧に手当まで。
「ようやくお目覚めか」
不機嫌全開の声音に、ジキルは浮上したばかりの意識を手放したくなった。
「……ヴィオレッタ様は?」
「ブレイク伯爵夫人なら騒ぎに乗じて管理棟に逃げ込み、現在籠城中だ。たまたまその場に居合わせた使用人を人質に取っているため迂闊に手出しもできない。所持している武器も、単独犯か複数犯かも不明。完全に手詰まりだ」
「じゃあ今は、硬直状態なんだな? ブレイク伯爵やヴィオレッタ様の様子は?」
「ブレイク伯爵夫人、だ」クレオンが苛立たしげに訂正した「お前、他人の心配をする前に訊くべきことがあるだろ」
ジキルは首をかしげた。
気になることは山のようにあった。さして武術の心得のないブレイク伯爵夫人がどうやって四方八方を取り囲まれた状況を脱したのか、だとか。
「その目だ」
「あ、それか」
「閃光弾が直撃した可能性がある。とはいえ、大した光量でもないから、もう包帯を外しても問題はないだろうがな。念のためしばらくは目を保護しておいた方がいいそうだ」
混乱の最中に医者を手配。一国の王女なのだからそれくらいは容易いだろうが、手を煩わせてしまったことに変わりはない。
「悪かったな。結局足を引っ張ってしまった」
「まったくだ」という返答が来るとジキルは思っていた。ついでに嫌味と文句を二、三言われるだろうとも。しかしクレオンは押し黙った。
「クレオン?」
不穏な気配を感じた。たとえるなら、獲物を前にした猛獣が、襲うべきか否かと考えあぐねているような。しばらくの逡巡の後、クレオンが低い声で訊ねた。
「何故、かばった」
「何を?」
「とぼけるな。ブレイク伯爵夫人を取り押さえようとした時に、邪魔をしただろう。おまけに目覚めて第一声が伯爵夫人の心配だ。あれほどパーセンに行きたがった本当の理由は、彼女なのか」
ブレイク伯爵夫人のことも意識していたのは認めよう。しかしジキルの本当の関心は夫人ではなく、ブレイク伯爵にある。クレオンの見解は的外れと言わざるを得ない。彼らしからぬ早とちりだった。
「別に伯爵夫人をかばったつもりはないけど」
「どうだか。ここに到着してからお前はブレイク伯爵夫人ばかり見ている」
「そりゃあ今夜の舞踏会でダンスを踊る相手なんだから、意識するのは当然じゃないか」
「舞踏会に対するお前の並々ならぬ熱意も不自然だ。普段は宮廷の礼儀作法をいくら教えても覚えようともしないくせに、何故かブレイク伯爵夫人と踊ると知った途端、真剣に学び始めた」
「クレオンが『逃れられない』だの『挑むまで』だの脅かすからだって」
追い詰められたからこそ努力したのだ。訴えるジキルに対して、クレオンはどこまでも冷ややかだった。目隠しをしていても――いや、視界が閉ざされているからこそ、クレオンの怒気をジキルは敏感に察知することができた。
それにしてもこの状況は奇妙だった。クレオンの横暴さはいつものことだが、今回は全く意図が読めない。何故、ブレイク伯爵夫人のことにそこまでこだわるのだろう。
「クレオン、一つ訊いてもいいか?」
返事はなかった。沈黙は了承だと勝手に解釈してジキルは遠慮なく質問した。
「……なんで怒っているんだ?」




