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  (二)礼儀知らずな貴族

「いくら国王陛下とはいえども、今回のご婚約はあまりにも突飛なお話ではございませんか? 畏れながら私めごときには国王陛下のお考えが理解できません」

 同調しないクレオンに焦れているのか、シゴルヒはやや語気を強めた。

「貴族となる以上、社交界の参加は義務と心得るべき。身だしなみは言うに及ばず。畏れ多くもクレア王女様に挨拶含めすべて押し付けるとは、非常識にも程があるかと。晩餐会でもその後の夜会においても最低限の礼儀すらわきまえていない。あのような卑しい者が一員になることで、王家の威信が汚されることになるまいか。パーセンにおいても不安の声を耳にしております」

 もっともな指摘だった。ジキルは非常識で、礼儀知らずな田舎者だ。それゆえにジキルは貴族達から侮られ、常日頃からクレオンを悩ませている。王家には相応しくない。

 クレオンは不快感が増していくのを感じた。いや、怒りに近い感情だった。さかしらに語るシゴルヒが目障りでならなかった。

 そう、わかり切っていた。クレオンも、そして当のジキル本人も。

(貴様ごときに言われずとも)

 怒りが募るだけ自分の顔から表情が消えていくのを自覚する。権謀術数渦巻く宮中で得た武器だった。

「シゴルヒ殿、私も興味深い声を耳にしています」

 なおも言い募ろうとするシゴルヒに、クレオンは強引に話題を変えた。

「ここひと月の間、パーセンの貴族とその関係者の失踪が相次いでいると」

 シゴルヒの顔が驚愕に歪む。わかりやすい反応だ。クレオンは内心ほくそ笑んだ。これだから平民上がりは単純でいい。根っからの貴族とは違って駆け引きに慣れていない。

 ジキルを非難しておきながら、早々に馬脚を現したシゴルヒ。クレオンは意識して眼差しに軽蔑を乗せた。

「な、何故それを」

 動揺のあまり自らの失言にも気づいていない。箝口令を敷いてまで隠しておきたかった事実を、認めたに等しい発言だった。

 把握している中で最初の失踪は前任の警備隊長であるアルノルト=ドホナーニ。表向きは病気療養のため休職中となっているが、実際は警護中に忽然と姿を消してそれきりだ。

 その次は三日後に起きた。パーセン屈指の商人ピエール=シリヤは、朝食の時間になっても現れなかった。不審に思った奥方が自室の扉を開けたが、誰もいなかった。なお世間にはピエール氏は王都で商談中ということになっている。

 ――とまあ、ほぼ似たり寄ったりで計六人が消えている。失踪かあるいは死亡か、いずれにせよ誰も姿を見ていないのは間違いなかった。

「先ほど『パーセンの視察をしていた』と言ったはずですが?」

「しかし、そんなことまで」

 調べるに決まっている。そもそも六名とはいえ、ブレイク伯爵と少なからず関わりのある者がたった一ヶ月の間に姿を消しているのを隠しおおせるはずがない。

「……ご報告なさるおつもりですか」

 先ほどまでとは打って変わって、クレオンの動向を探るような、卑屈な態度。ブレイク伯爵ならばもっと上手く立ち回れただろうが、残念ながらシゴルヒはただの騎士だ。

 あえてクレオンは明言を避けた。

「私の調べでは、現段階で身代金の要求はなし。失踪者に共通点はなく、犯人も、その目的も不明。一ヶ月が経過しようとしているにもかかわらず解決の目途すら立っていない。ブレイク伯爵にしては悠長な対応に、クレア様は大変ご関心をお持ちのようです」

 シゴルヒの顔が青ざめる。失態という自覚があればこそ、箝口令を敷いてまで隠し通そうとしたのだ。しかし、彼の懸念通り『クレア王女』への報告は既に済んでいる。

「シゴルヒ殿、仮にも貴族を名乗るならば分をわきまえるよう、忠告します。ジキル=マクレティ様の礼儀作法については周知の事実。それでも誰一人として公然と非難する方はいない――その理由を考えたことがありますか? 元は貴方と同じ、下賤で汚らわしい平民の出だというのに」

 追い詰められた焦り色に侮辱された怒りが混じる。いっぱしの貴族の性根を出すシゴルヒはクレオンの目には滑稽に映る。たかが一代限りの騎士の身分がいかほどだというのか。

「ジキル様は王家の一員――公爵となられる方だからです。たとえ作法を教わったことのない卑しい生まれであろうとも、我々とは比べるべくもない位を与えられます」

 手柄を立てて成り上がるのはいい。その結果、貴族以下の人間を見下すことを覚えようがそいつの勝手だ。だが、一度決めた尺度には徹するべきだとクレオンは思う。

「貴殿にはとても理解できないでしょう。昨日まで見下していた下種な血筋の平民を同等以上に扱わねばならない屈辱が、貴族にとってどれ程の苦痛か。しかし、爵位を重んじる貴族ゆえにこそ、耐え難き屈辱にも耐え、ひとかどの敬意を払い、礼儀を通す」

 シゴルヒは生まれの身分と立ち振る舞いを基準にジキルを卑しいと断じた。ならば自らもまた、生まれの身分と振る舞いを理由に蔑ろにされても甘んじて受けるべきだ。ましてや、自分よりも位が上の人間の誹謗中傷を、身内のサロンならばまだしも恥ずかしげもなく人前でするなど言語道断だ。自分の爵位は重んじるが、他人の爵位を重んじられない身勝手さにクレオンは腹を立てていた。

 徹しえないこと。それが一番許し難い。

 クレオンは酷薄な笑みを張りつかせた顔で、シゴルヒに低く凄んだ。

「貴族の矜持を語るな、平民風情が」


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