(八)性悪な魔剣
「ずいぶんと呑気なものだね」
自分によく似た顔が自分によく似た声で皮肉った。
「勝手に他人の夢に押し入って言うことがそれか」
ジキルは自称ノエルもとい侵入者を軽く睨んだ。夢を見ている自覚はあった。でなければ自分と瓜二つの人物が目の前にいるという、明らかに異常な状況になるはずがない。
「君は妹を捜しているんじゃなかったのか?」
「昨日からパーセンで情報収集したけど、ルルの手掛かりどころか『暁の魔女』の噂一つなかったよ」
相手は秘密結社なのだからやすやすと足跡を残したりはしない。が、影すら捉えられないのは奇妙だった。
「本当にパーセンにいるんだろうな?」
胡乱な眼差しを浴びせると、自称ノエルはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「どうだろうねえ」
「は?」
「私はあくまでも先日この町で君の妹の魔力を感知しただけだ。もしかしたらパーセンに立ち寄ってすぐさま別の目的地に向かったのかもしれない」
「……真に受けた俺が馬鹿だったよ」
だから、この幻覚は信用できない。わかっていながら、わざわざパーセンまでやってきたのは、全く進展しない捜索に焦燥感が募っていたから――ではなく、城での窮屈な生活に嫌気がさしていたから。。
「君の妹の居場所がわからなくても、彼女が素直におうちに帰れるようにすることはできるだろうに」
「どういう意味だ」
「とぼけるのかい? 君だって一度は考えたはずだ。いや、一度どころかこの屋敷に来てからずっとそのことを考えている。でなければ、こんなまやかしの夢に堕ちるほど疲労するはずがない」
やっぱりこいつは好きになれない、とジキルは思った。目を逸らそうとしていることを、いとも簡単に突きつけてくる。
そう、ジキルは旅立つ前からルルの目的を知っていた。彼女が戻ってくる方法も真っ先に浮かんだ。非常に単純で明快な手段だった。
「ブレイク伯爵さえ死ねば、君の妹が旅立った理由はなくなる。君の手で殺せば、悲願の復讐は果たされる」
だがその発想には道理も倫理もない。あるのは未勝手な欲望だけ。残忍で凶悪な表情で嗤うそれは、まさしくジキル自身だった。
「図星?」
「違うと言っても信じないでしょ」
鏡に向かって話すのはこんな気分なのだろうか。ジキルは徒労感に襲われた。夢の中だというのにおかしなことだった。酷く、眠い。
「今はゆっくり休むといい。明日は大忙しだろうから」
また根拠のないホラを。ジキルは「そうですか。じゃあ真面目に寝るよ」と適当にあしらった。
不毛な時間が終わろうとしていた。視界が霞み、意識が薄れていく。本当の眠りにつくのだろう。まやかしの夢の幕が降りる間際、自称ノエルがさも今思い出したかのようにあっけらかんと付け足した。
「言い忘れていたけど、君の妹はすぐそばにいるよ。この屋敷内に」
何故最後に重要なことを。相手の狙い通りだとわかっていたが追及せずにはいられない。自称ノエルはこういう奴だ。毎度悪魔を彷彿とさせる狡知を発揮する。
詳しく問いただそうにも、またしても遅かった。抗う意思もろとも思考が闇に堕ちていく。釈然としない思いを胸に、ジキルは今度こそ眠りについた。




