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  (四)受けて立つ魔獣狩り

 ジキルが決闘場として選んだのは食堂「にくきゅう」の裏手の空き地だった。

 整地はされていないが、雑草と小石はあらかた除いてある。仕事の合間にロイスがこつこつと手入れをしているからだ。いずれは耕して野菜を育てるつもりらしい。

 地ならしだと思えば決闘場にしても問題ない――ロイスにバレなければ。

 幸いなことにロイスは昼食を求める客の対応で手一杯。少しくらい裏庭で騒いだところで気づく余裕もないはずだ。

 審判も立会人もなく決闘は開始された。

 試すように刃を交えること数度。クレオンは距離をとって下がった。不利を悟ったからではない。彼はまだ息一つ乱れていなかった。

「無駄に力を入れ過ぎ、無駄な動きが多い。あの竜を倒したのはまぐれか?」

「どうだろう。運は悪い方でもないけど」

 跳ねる鼓動を抑えるべく、ジキルは二、三回大きく呼吸した。

 人間相手の斬ったはったは苦手だった。そもそもジキルの剣は人間を戦うことを前提としていない。一撃一撃に力を込めるのは短期決戦のため。攻撃を受けずに回避するのは、一度でも食らえば即、死に繋がる相手――竜などの魔獣を想定しているからだ。

「だいたい、お前の剣は魔剣じゃないか。普通の剣と一緒にするな」

 クレオンの剣の柄にはめ込まれている魔導石を見逃すジキルではない。魔導石は魔剣の証だった。

「魔を導く石」と書いて魔導石。

 その発祥は遙か昔、千年以上も前にさかのぼる。

 突如として開いた異界の〈扉〉から、魔神がこの世界に君臨した。理由も、目的も、発端も不明。魔神はただ圧倒的な力をもって人を殺し、町を焼き、国を滅ぼした。抵抗した王国の軍勢は、魔神の放った魔法の一撃で壊滅。なすすべもなく大陸全土が魔神に蹂躙された。

 もはや滅亡へとひた進むのみと誰もが絶望に陥った時、とある学者が魔神の力の源を発見した。

 魔神が存在した異界――以後、魔界と呼ばれることになるその異世界には、大気の如く魔力が満ち溢れていた。魔界とこの世界を繋ぐ〈扉〉によって、魔神は異世界にいながらも魔力を供給していたのだ。

 滅亡に瀕していながらも国々は結集し、魔界とこの世界を繋ぐ〈扉〉を破壊した。力を失った魔神は魔界へと還り、かくして世界は危機を逃れた。

 ――が、災厄は終わらなかった。

 砕けた〈扉〉の破片は生きとし生けるものに宿り、再び魔界へと繋がる。魔力を注がれた生物は異常な発達を遂げて凶暴化した。猫に宿れば人を喰らう獅子に。犬に宿れば人の背丈ほどもある魔狼に。

 そして人間は、魔神が用いた忌むべき力、すなわち魔法を使えるようになった。全ては砕けた〈扉〉の破片――魔導石が引き起こしたものだった。魔導石は魔界への〈扉〉を開き、魔力を注ぎ込む。それにより魔神には遙かに及ばないものの、人間は魔法を手に入れた。

 ただしそれは、極一部の人間に限られたことだった。魔導石を宿した者とそうでない者の差は、魔法が使えるか否かで如実に現れた。どういうわけか、人間で魔導石を宿すのは女性だけだった。男性は誰一人としてその身に魔導石を宿すことができず、魔法も使えなかった。

 やがて力を持つ魔女側と持たざる一般人側の間に確執が生まれ、世界は魔女狩りの時代へと移ることになる。

 クレオンは涼しい顔でジキルの抗議を受け流した。

「魔剣とはいえ、魔法を使わなければただの剣と一緒だ」

 魔導石を嵌め込んだ剣――魔剣の使い手は魔女でなくても魔法を発動させることできる。使い手の意志を魔導石に伝えて魔界の〈扉〉を開き、魔力を供給。十分な魔力を充填したところで構成を描いて魔法を発動する仕組みになっている。

 体内に魔導石を持ち、呼吸をするように魔界の〈扉〉を開くことができる魔女とは違って、格段に手間がかかる上に魔剣一つにつき一つの属性の魔法しか使えないので、不利な事であるには変わりない。それでも、全く魔法が使えないのとでは大きく違った。

 ジキルは眉を顰めた。

「魔剣が魔法を使わないってだけでただの剣? そうは思えないな」

 まず製造の過程が普通の剣とはまるで違う。銀の中でも最高の硬度を誇るウリム銀を高温の炉で熱して刃を形作る。もとは圧倒的な力を誇る魔女に対抗するために、生み出された技術だった。

 それが、魔女狩り時代の幕開けとなった。

 魔剣の制作に必要なのは良質な銀と魔導石だ。ウリム銀はともかくとして魔導石を手に入れるには、それを身に宿したものから奪うしかない。しかし、強力な魔導石を身に宿した獣ほど凶暴で倒すのは至難の技だった。その点、身体能力では普通の人間とあまり変わらない魔女ならば隙をついて倒すことが可能だ。

 数多の魔女が殺され、奪われた魔導石によって魔剣は生まれた。魔法という奇跡の力を持つ剣でありながらも『魔剣』と呼ばれる所以だった。

「今から負けた時の言い訳を考えるとは、思っていたよりも利口なようだな」

 冷笑するクレオンにジキルは鼻白んだ。

「それで負けたら赤っ恥だと言ってんだよ」

 クレオンは笑みを引っ込めた。面白がる色は消えて、真剣な面持ちで剣を構え直す。

 ジキルは支給された剣の柄を強く握った。魔導石も銘すらないが、間違いなくこれは剣だ。そして一度武器を手にした以上、退くわけにはいかなかった。

(長期戦は不利)

 技量の差は歴然としていた。繰り出す剣戟の速度といい、正確さといい、対人の戦闘に関してはクレオンに分がある。初対面で侮ってしまったことをジキルは内心で詫びた。クレオンは王国屈指の実力者だった。

 クレオンが駆ける。振りかぶるジキルの胸元に飛び込むようにして剣を繰り出す。迫る刃をジキルは大きく右に逸れることでかわした。が、相手はそれを読んでいた。

「あっ」

 クレオンの剣が軌道を変えて横に薙ぐ。胸を浅く、服を切っただけだったが、ジキルは体勢を崩した。

 だが、ただではやられない。地面に倒れざまにジキルはクレオンの足を払う。これはさすがに予想外だったのか、まともに食らったクレオンは気持ちが良いほど盛大に転んだ――ジキルの上に。

「うわっ!」

「……くっ」

 視界が反転した。眼前にクレオンの端整な顔。紫水晶のような瞳が驚きに見開かれている。揃って地面に倒れた者同士、顔を見合わせた。

 先に冷静さを取り戻したのはクレオンの方だった。すぐさま冷静――いや、冷たい表情を浮かべる。

「足を使うとは卑怯者め」

「いきなり決闘を申し込んできた奴に言われたくない」

 互いに文句を言って、ようやく気づく。地面を背中にして目の前にはクレオン。傍から見たら押し倒されているようなこの状況に。頬に熱が集まるのを感じた。

「は、早くどいてくれ。重い」

「その前に言うことがあるんじゃないのか」クレオンは意地悪く目を眇めた「お前の負けだ」

 聞き捨てならなかった。気恥ずかしさもどこへやら、ジキルは倒れたままで異議を申し立てた。

「引きわけだろ」

「どう考えても僕の勝ちだ。大人しく引き上がれ」

「クレア王女との婚姻はこの際どうでもいい。でもこれで負けなんて納得できるか」

「どうでもいい……?」

 クレオンの眉が神経質そうにつり上がった。剣の柄を握る手が小刻みに震える。ただでさえ白い顔には怒りで蒼白となった。

「貴様、愚弄する気か。言うにこと欠いて『どうでもいい』だと? 一国の王女をつかまえてどういう了見だ」

「誰も『どうか王女様と結婚させてください』なんて頼んだ覚えはないね」ジキルは小さく「むしろちょっと迷惑だ」と付け足した。

「な……っ!」

 クレオンは絶句した。対照的に勢いに乗ったジキルは、今までの鬱憤を晴らすかのごとく文句を並べ立てた。

「そんなに大切な王女だったら竜の生贄なんかにさせるなよ。お前が助けに行けば俺だってわざわざオルブライトを倒すこともなかったし、クレア王女との結婚話だって出てこなかった」

「黙って聞いていれば好き勝手に。貴様のような田舎者に僕の何がわかる!」

「そうだよ、田舎者だよ。お偉方の事情も都合も全然知らない田舎者に大事な王女様を助けてもらったのは、お・ま・え」

「さすがは田舎者だな。勝手に首を突っ込んだ挙句、いつまでも恩着せがましく言い続ける。その図々しさには感心さえする」

 売り言葉に買い言葉。際限のない罵倒の応酬を繰り広げていたら、不意に陰が差した。

「ん?」

 ジキルは空を仰いだ。不覚としか言いようがないが、ジキルは――そしておそらくクレオンも、口論に夢中になるあまり近づく気配に全く気付かなかった。

「兄さん」

 頭上から醒めた眼差しを注ぐのはロイスだった。真ん中に猫の刺繍が施されたエプロンを着けたままジキルとクレオンの二人を見下ろし、腕を組む。

「一体何をしているんです?」

 人前ということもあってなんとか取り繕っているが、ロイスの眉のあたりが小さく痙攣している。若干頬もひきつっているようにも見える。ジキルはつばを飲み込んだ。

「いや、これには、その……海よりも深い理由があってだな」

「ぜひ伺いたいものですね。一体どんな海よりも深い事情があったら、僕の兄が見ず知らずの人と仲良く地面に転がっているのか」

「おい、誰だこいつは」

 何も知らないクレオンが訝しげにロイスを見る。

「そこにいる人の弟ですよ、見ず知らずの方」ロイスは慇懃無礼に言った「そしてあなた達が暴れまわったここは、僕の菜園なんですけどね!」


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