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  (三)自業自得の王女様

 クレアはお茶もそこそこにブレイク家の庭園を案内された。

 ブレイク伯爵夫人と二人きり――とはいえ、護衛の兵士数人が適度な距離を保ちつつも周囲を固めているので、密談には不向き。ごく普通の貴婦人同士の交流だとクレアは判断した。

 さて肝心の庭園はというと、ブレイク家ご自慢の庭園らしいが、季節外れのため花がほとんど咲いてないこともあり、どことなく寂しげだった。ともすれば殺風景になりがちな庭園だが、名士達が造り出した彫刻や噴水によってなんとか体裁を保っている。

(狭い庭だ)

 他に紹介できるものがない田舎貴族をクレアは哀れんだ。

「小さな庭でございますでしょう?」

 見透かしたようにブレイク伯爵夫人――ヴィオレッタ=ブレイクは言う。反射的に「いいえ」と返すクレアに彼女は目を細めた。

「お気遣いは無用にございます。なにぶん、狩猟場を広く取っておりますもので」

 裏付けるように猟犬の吠え声や蹄鉄が地面を叩く音が遠巻きに聞こえる。ブレイク伯爵は狩りの名手で知られている。客人達にその腕前を披露しているのだろう――そんな様子を察せられる場所に、クレアは案内されたということだ。ヴィオレッタの意図を早々にクレアは察した。

(自慢なのは庭園ではなく、伯爵の狩猟とその成果か)

 予想違わず、ヴィオレッタは首に巻いていた黄金色の襟巻きをゆっくりと撫でた。おそらく、いや間違いなく狩りの獲物だ。

「上質な毛皮が取れますの」

 わかりきっていたがクレアは貴婦人らしく無知な質問をした。

「それは狐でしょうか?」

「ええ、おかげで冬も着るものには困りませんわ」

 貴族の女性にしては珍しく、わかりやすくて気さくな性格。それもそのはず、ブレイク伯爵夫人の生家は、金で貴族の称号を買ったノストラ地方では随一を誇る商家だ。伯爵との婚姻も金と地位という両者の利害が一致したから成立した。おそらく膨大な持参金と一緒に嫁いで来たのだろう。下級貴族では珍しくない話だ。貴族の婚姻に利益以外のものは介在しない。

 その点、クレア=リム=レティスとジキル=マクレティの婚姻は全くもって無意味だ。自分にとっても――ジキルにとっても。

 物思いにふけるクレアの顔をヴィオレッタが覗き込む。

「クレア様、ご存知でいらして? ノストラ地方で一番の獲物は鹿や狐ではなく、猪ですのよ」

 クレアは思わず顔を顰めそうになった。

「……猪?」

 険のある声にならないよう慎重に復唱。一番聞きたくない獣の名だった。

「確かに狐の毛皮は貴重ですが、肉に旨味はございません。ですが猪は毛皮から骨や肉まで全て使えます」

 さすがは商人の娘と言うべきか。クレアは押し黙った。胸に占める敗北感。今更ながらジキルがノストラ地方出身であることを思い出した。

「そろそろ狩りも頃合いです。迎えに参りましょう」

 ヴィオレッタに促されるままにクレアは裏庭へと足を運んだ。

 血を見るのが嫌だとか生臭さに気分を害したとか適当な理由をつけて断ることも考えたが、招かれた身ではそう勝手には振る舞えない。結局、クレアはヴィオレッタや他の貴婦人達と共に狩猟に勤しんだ伯爵達の凱旋を迎えることになった。

(なんだこの無意味な茶番は)

 クレアは心底嫌気が差した。政治的な意図があるのならまだしも、ただの娯楽に付き合わされるのは苦痛でしかない。そして苦痛は程なくして怒りに転化され、元凶である婚約者へと向かう。

(どこをほっつき歩いているんだあの馬鹿……っ!)

 無論、怒りに震えるクレアもといクレオンの頭には、道中での失言のことなど綺麗さっぱり消え去っている。

「お帰りなさいませ」

 仕留めた兎や狐を馬に引っさげて帰還したアルフレード=ブレイク伯爵に、ヴィオレッタは折り目正しく礼をした。一つ頷きアルフレードは馬から降りた。獲物自慢が始まるのだ。長々しい武勇伝付きの。クレアは体調不良を理由に逃げ出したくなった。

 が、クレアの忍耐が限界を越える前――アルフレードがまだ一つの獲物も紹介していない内に、警備隊長が近付き何やら耳打ちした。

 怪訝な表情を浮かべていたアルフレードは、話を聞き終わると困惑顔で警備隊長に「それはまことか?」と訊ねた。精悍だが少々卑屈さを感じさせる警備隊長が頷く。

「とにかく本人に言えばわかるとの一点張りで」

「では念のため確認はせねばな」

 言うなりアルフレードは妻であるヴィオレッタ――の隣で耐え忍んでいたクレアに向き直った。

「今、ジキル=マクレティ殿を名乗る者が荷車を引いて屋敷に来ているようですが……お心当たりはございますか?」

 クレアは卒倒しそうになった。

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