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六章(一)単身で乗り込む婚約者

 馬車から降り立ったクレアの前には、パーセンの貴族達が列をなして待ち構えていた。一同を代表して進み出たのは壮年の男性。見覚えのある顔だった。宮中に出入りする貴族で彼を知らないものはいない。

 アルフレード=ブレイク。元は北の田舎貴族だが、先代の王の覚えめでたく王都近郊の地方の領主に封ぜられた。異例の大抜擢だが、相応の結果は出している。ブレイク伯爵は王都にもっとも近い田舎町とも呼ばれていたパーセンを交易の町として盛り立てた。今回の大橋建設も彼の手腕によるものだ。

 アルフレードは一礼した。上品であると同時にこなれた動作だった。

「拝謁叶いまして恐悦至極にございます。クレア=リム=レティス殿下、そしてジキル=マクレ」

 よどみなく続いていた挨拶の定型文が途切れる。アルフレードは遠慮がちにクレアを見上げた。

「クレア様……マクレティ殿はご一緒では?」

「急用が入りまして。竣工式には必ず参ります故」

 クレアは事務的かつ機械的に返答した。そうでもしなければ、内心で煮え滾る怒りを面に出してしまいそうだった。

(あの、田舎者が……っ!)

 公衆の面前でなければ扇をへし折っただろう。そもそもパーセンに行きたがっていたのはジキルなのに、到着目前で馬車を降りるとは何事か。

 屋敷を案内されている間も、数々の罵倒の言葉を胸の内で反芻する。旅の疲れを癒すためと早々に部屋に案内されたのは幸いだった。お得意の猫かぶりも限界だ。頬が引きつりかけている。

 周囲の目がなくなった途端、クレアは力任せに扇を床にたたきつけた。むし取る勢いでチョーカーを外して、かつらも放り投げた。

 心得たものでレオノーレはドレスの背中を緩めて脱ぐ手伝いをした。

「今夜の晩餐はいかがなさいますか」

「欠席するわけにはいかないだろう。仮にも招かれた身で」

 険のある言葉にも動じることもなく「では、お召し物をご用意いたします」と答える。軽装になったクレオンは、澄まし顔のレオノーレを睨んだ。

「あいつは一体何を考えているんだ」

「私にはわかりかねます」

「僕に対するあてつけか。なんて浅はかで無責任なんだ」

 レオノーレはかつらを拾い上げた。

「ジキル様が腹を立てる理由にお心当たりが?」

 心当たりはあった。その場にいたのだからレオノーレが知らないはずもない。だというのに白々しく訊ねてくる意地の悪さに、クレオンは恨みがましげな視線を送った。

「やることが子供だと言っているんだ」

「ではジキル様にもそうおっしゃいなさいな。ご自分に非がないのならば、胸を張って浅はかで無責任なジキル様をお咎めなさればよろしいでしょう。私なぞにではなく、国王陛下に申し上げれば済むことです」

 クレオンは押し黙った。国王陛下に言えるはずがない。最初にジキルを怒らせたのは他ならぬクレオンなのだ。

(あの程度で怒るか)

 クレオンの言い分は自分でもわかるくらい弱かった。もしも立場が逆ならば、きっと同じように――いや、ジキル以上に激昂して馬車を降りただろう。ジキルが特別短気だったわけではない。むしろ、顔を合わす度にクレオンが浴びせる罵詈雑言を、ジキルはいつも苦笑しながら甘受していた。

 だからなのだろう。まさか、あんな些細なことで怒りだすとは思わなかったのだ。

(もう戻ってこないかもしれない)

 元々ジキルは自分との婚約を望んでいない。諸国を放浪する魔獣狩りなだけに、がんじがらめな状況から解放されたがっていた。ジキルにとって今回の喧嘩は願ってもない好機だ。

 クレオンは頭に鈍痛を覚えた。

 婚約者に逃げられた王女。クレアが笑いものになるのは間違いない。婚約が破談になった本当の理由を告げられない以上、ひたすら耐え忍ぶ他ないのだ。

 沈んだクレオンに追い打ちをかけるかのように、クレア王女に来客があった。レオノーレに応対させたところ、相手は屋敷の侍女だった、。

「ブレイク伯爵夫人よりお茶のお誘いです」

 位が違うとはいえ、屋敷に数泊する以上奥方の誘いを無碍にはできない。クレオンは、外したばかりのチョーカーを再び手に取った。


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