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  (七)自覚の足りない婚約者

「忌々しい」

 低い声でクレアもといクレオンは吐き捨てた。既にチョーカーは外している。ギデオン王子が見ようものなら卒倒しかねない豹変ぶりだ。

「お、俺は結構気に入っているよ。これ」

 ジキルは自分が纏う外套を指さした。お偉い王子様には喪服と馬鹿にされていたが、その実とても機能的だった。生地が厚いので頑丈だし温かい、何よりも内ポケットがたくさんあるのがいい。

「そんなことはどうでもいい」

「じゃあ何が気に入らないんだ」

 クレオンは腕を組んで目を眇めた。

「強いて言えば、お前の態度だ」

 斜に構えてジキルを見やる格好はギデオン王子を同じ。しかしクレオンには苛立ちの色が濃い。

「何故反論しない。仮にもお前は僕の婚約者だ。いずれはギデオンと同じ王家の一員となる身なのだから、それ相応の振る舞いをしろ。へらへら笑っているから舐められるんだ。他のことならいざ知らず、あれは――」

 クレオンは口ごもり、何やら小さくもごもごと呟いた。

「……形見だったんだろ」

「は?」

 ジキルは間の抜けた声をあげた。聞き捨てならない発言だった。

「他人の弟と妹を勝手に殺すなよ。あの二人はぴんぴんしてるって」

 今度はクレオンが目を見張った。

「母親の形見ではないのか?」

「あれはロイスが初めての給金で買ってくれたものだよ。ルルが店主に交渉して安く売ってもらったんだ」

 思えば、二人から贈り物を受け取ったのはあれが最初で最後だった。

 ロイスはともかくルルは意地っ張りだった。感謝の気持ちを素直に表すような可愛げのある妹ではなかった。だから、誰にも相談せずに家を飛び出したのだろう。

(違う)

 ジキルは目を伏せた。ルルが言わなかったんじゃない。

(私が言わせなかったんだ)

 母にはあれほど妹を頼むと念押しされていたのに――姉としてあるまじき失態だった。

「それにしてもなんで母さんのコートだなんて思ったんだ?」

 貰い物とは言っていたが、それだけで形見とは発想が飛躍している。

「金に困っているわけでもないのに古い女物のコートを後生大事に持っていたら、誰だって形見だと思うに決まっている。まったく紛らわしい……っ!」

 クレオンは額に手を当てた。

「母さんのコートだったら、もっと騒いでるよ」

 あれはどうなったのだろう。浮かんだ形見のコートを、ジキルはすぐさま頭から追いやった。今更考えても仕方のないことだった。

「……ん? クレオンどうかしたのか?」

 向かいに座る女装王子は唇を引き結んだままそっぽを向いた。お得意の猫かぶりもなく、全身で不機嫌を露わにしていた。

「なんだよ?」

「黙れ。貧乏人」クレオンの声は冷たかった「お前のさもしい性根にまで思い至らなかった自分に失望しているだけだ」

 彼が何に怒っているのかはいまいちわからないが、悪口を言われているのは理解できた。かといってジキルには怒り返す気も、弁解する気も起きない。クレオンの言っていることは紛れもない事実だった。ジキルは貧乏人で、プライドもなければ品性もない。そういう風に生まれて育った。

(やっぱり間違いだよなあ)

 どう考えてもつり合わない婚約だ。身分もさることながら、お互いに価値観がまるで違う。上手くいくはずがなかった。


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