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  (六)情け容赦のない王女様

 いつの間にかやってきた婚約者にジキルは軽く目を見張った。

 従兄妹でありながら全く似ていない。長く伸びた漆黒の髪は母親譲り。端整で凛とした顔立ちも母親譲りなので当然だが。繊細な刺繍の入ったドレスは地味ながら品がよく、ともすれば質素に見える。

 クレア=リム=レティスは表情の読めない瞳をギデオンとジキルに向けた。

「……く、クレア」

 ギデオンは喉の奥から絞り出すように名を呼んだ。

「丁度良い。今、こやつに礼儀を説いていたところだ」

「礼儀……」クレアの柳眉が微かに寄せられる「わたくしの婚約者が、何かご無礼を働きましたか?」

「いや、大したことではない。私が十分注意をしておいたから問題はないだろう」

 難癖つけていたの間違いだ。口にこそしなかったが、ジキルは抗議の意を込めてギデオン王子を睨んだ。二人目の王族も現れ、お説教は第二段階へ突入か。ジキルは身構えたが、クレアの反応はどうも鈍い。いつもならばすぐさま非難と侮蔑の眼差しをジキルに向けるというのに。

「田舎者故、宮中のしきたりにまだ慣れぬのでしょう。殿下のご配慮、痛み入ります」

 クレアはスカートを上げて、身を沈めるようにして頭を垂れた。王家に相応しく、古式ゆかしい優雅な礼だった。

「生まれが卑しくともわたくしの婚約者であり、王家の一員となる者。相応しからざる振る舞いをしたのならば、それはわたくしの不徳の致すところ。なにとぞ寛大なお心でお赦しくださいますよう、お願い申し上げます」

「な、何を言う。責めるべきはこの者自身であろう!」

 大仰な動作でジキルを指さすギデオン王子。王族では他人を指さしても無礼にはあたらないらしい。クレアは首を横に振った。

「喪服のような外套を贈ったのはわたくしでございます」

『ギシッ』と軋む音が聞こえそうなくらい顕著にギデオン王子は硬直した。ひきつった頬が痙攣し、泣き笑いのような複雑な表情を浮かべる。慌てて弁明しようと口を開きかけたギデオン王子に、クレアは冷然と言った。

「みすぼらしい外套を選んでしまい、誠に申し訳ございません」

 それがとどめの一撃。再起不能となったギデオンの前で、クレアはジキルの腕を取った。

「では、わたくしたちはこれで失礼させていただきます。ごきげんよう」

 半ば引きずられる格好でジキルはクレアと一緒に車両に乗る。彼女の専用馬車。お付きのレオノーレ侍従長も乗ったので二人きりというわけではないのだが。同じ馬車。わざわざ別の馬車を用意させているにもかかわらず、狭い個室内で共に旅をしようと。

「く、クレア様、あの、これは」

「当然のことでしょう。わたくしの婚約者ですから」

 クレアは態度こそ素っ気ないが、先ほどからやたらと『婚約者』と連呼している。誰に聞かせようとしているのかは明白だ。そんなに嫌か。

(まあ、嫌だろうな。男だし)

 どんなに焦がれても叶うはずのない恋だ。クレアには、邪悪で狡猾な竜よりも二十も歳が離れた寡夫よりも、そしてどこの馬の骨かもわからない下賤の輩よりも、もっと忌み嫌う者がいる。

 哀れ、ギデオン王子。何の足しにもならない憐憫だけを残して馬車は動き出した。


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