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  (四)一歩足りない連隊長

 店員は自身よりも頭一つ分低いクレオンに向かって、深々と礼をしてから店の奥に引っ込んだ。ほどなくして黒いコートを抱えて戻ってきた店員は、金貨数枚と引き換えにクレオンにそれを渡す。

「クレオン、何しているんだ?」

 返答の代わりにクレオンはたった今受け取ったコートを、ジキルに投げてよこした。なんとなく予測できていたので、ジキルは難なくコートを受け止める。

「だからなんで手渡し、を……」

 文句の言葉は途中で途切れた。手触りの良い黒革のコート。ほぼ購入が決定していたものだ。ただし茶色にしようと思っていたのだが。

「これで、借りはなしだ」

 素っ気ないクレオンの台詞からジキルはもとよりサディアスでさえも、おおよそを察した。つまり、処分してしまったコート代わりにしたいのだろう。ジキルの希望も聞かないで勝手に決めてさっさと代金を払う強引さは、この際置いておこう。問題は等価であるか否かだ。

「でも、あれはそんなに高くはないぞ? こんな高価な物と引き換えじゃあ、かえってクレオンに悪いよ」

「僕じゃない。クレア王女からだ」

 同一人物じゃないか。サディアスの前だからそう指摘するものは控えた。顔を曇らせるジキルに、クレオンは苛立たしげに舌打ちした。

「つべこべ言ってないで受け取れ。仮にも一国の王女の婚約者に、あんな安っぽくて汚らしいコートを着せるわけにもいかないだろうが」

 ジキルの中で抱きかけた感謝とか申し訳なさといった感情が霧散した。安いのは否定しないが、汚らしいとまで言われる謂われはない。どうしてこいつは、他人の気持ちが考えられないというか、無神経というか、とにかく思いやりがないのだろう。

 コートを突き返してやろうかと本気で考えたが、それはあまりにも大人げない行動だった。

「……それはどうも、ありがとうございます」

 不本意な謝辞と共にジキルは頭を下げた。なんでこっちが、と思わなくもなかった。

 しかし、オルブライトを倒して救出した時からずっと同じことが続いていた。悪事を働いたわけでもないのに謝る羽目になり、善意で動いたはずなのに疎まれ、命を狙われた、今さら理不尽なことが一つや二つ増えても大して変わりない。

「サディアスも買い物に付き合ってくれてありがとう」

 何はともあれ、目的の物は調達した。さて城という名の軟禁場所に戻ろう。きびすを返したジキルにクレオンが異論を唱えた。

「まさかとは思うが、その一着で終わりにするつもりではないだろうな?」

 ジキルは買ってもらったコートに目を落とした。膝にまで届く革のロングコートは、見た目に反して柔らかくて軽かった。なんでも最高級の羊皮を、光沢が出るくらい丁寧になめして作ったのだという。

「結構丈夫だし、十分だと思うがな」

「馬鹿か」クレオンは額に手を当てた「毎日毎日同じものを着るつもりか。みっともない。お前はそれでもいいかもしれんが、一緒にいるクレア様の身にもなれ」

 言われてみれば、クレア王女はいつもお召し物を変えている。同じものはほとんど見たことがない。毎日新しい服を着ているのではなく、合わせを上品に変えて飽きさせないのだろう。間違いなくレオノーレの心配りだろうが。

「でもクレオンとサディアスは、ほとんど同じじゃないか」

「当たり前だ。僕達には軍服がある」

 立場を示す服装ゆえに同じでないと意味がない。それはそれで、なんだかずるいような気がした。毎日悩まずに済むということだ。

「いいなあ。王女様の婚約者が着る制服っていうのはないのかな」

「あるわけないだろう」

 呆れたように言うクレオン。サディアスは小さく笑った。


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