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  (三)気苦労絶えない連隊長

「だろうな」

 サディアスは訳知り顔で頷いた。手にしていた毛皮のコートを店員に返却。頑丈だが少し重いのが気に入らなかったようだ。

「だろう?」

 ジキルは複唱した。コートの選びがてら近況報告。パーセンに行きたいとお願いした時のクレオンもといクレア王女の様子を話したらこの反応だ。

「パーセンに嫌な思い出でもあるのかな?」

「思い出どころか行かれたこともないと思うよ。少なくとも俺の知る限りでは、クレア王女が離宮以外で王都を出て行かれたのは、先日の静養が最初で、今のところ最後だ」

『クレア』はたしかにそうだろう。しかし『クレオン』は違う。名目上は王女付きとはいえ、一介の騎士ならば何らかの命を受けて近隣の町へ訪れることもあるはず。そんなジキルの考えなんて露知らず、サディアスは「問題は場所じゃない」とあっさり切り捨てた。

「元より竣工式には、国王の代理として王族の中のどなたかが参列される予定だった。急速に発展を遂げている町の視察も兼ねているとはいえ、実際は観光みたいなものだ。希望する方はいても嫌がる方はいなかった」

「結果的にその役目をクレア王女が取ってしまったわけか。それじゃ怒っただろうな」

「いや、当人はむしろ喜んで譲った」

 ジキルは非常に嫌な予感がした。オルブライトを倒してから頻繁に発動し、かつ外したことのない第六感だった。

「もしかして、その本来行くはずの方って……ギデオン王子?」

 黙って頷いたサディアスは僅かに疲労を滲ませていた。

「本人が、それでいいと思っているのなら、俺が口出しすることでもないしな」

 当たり前だが、サディアスはどことなく歯切れが悪かった。

 想いを寄せているクレア王女から頼まれたとすれば、ギデオン王子が視察の任の一つや二つ譲ることぐらい、たやすく予想できた。一般人ならば下心つきの好意で済むことだ。しかし、ギデオン王子は平民でもなければ一人で勝手に動き回れる立場でもない。

 直前になって視察役をクレア王女にまるまる譲る。当人は満足だろうが、警護計画を立てて指令も下していた部下はたまったものじゃない。全て徒労。その心労はいかばかりか。仕える主に対する呆れを隠し切れないのも当然だ。力無く笑うサディアスには哀愁が漂っていた。

「ご、ごめん」

「気にすることはない。俺としても別にどうしてもパーセンに行きたかったわけじゃない。行きたい人が行けばいい」

 サディアスは革のコートを手に取り、ジキルに渡した。

「それよりも驚いたよ。いつの間に仲良くなったんだい?」

 ただ単にお互いに利害関係が一致しただけなのだが。クレオンとジキルは婚約破棄を目指す同志だ。いがみ合っている場合ではない。

「おい」不機嫌そうな声音が割って入った「たかがコートを選ぶのにどうしてそんなに時間がかある」

 腕組みして壁に背を預けているのは、そのクレオンだった。気遣った店員が冬物の服を勧めるも全て「結構だ」と一言で切り捨てた結果、彼は一人孤独に待ちぼうけ。

「それとサディアス、人聞きの悪いことを言うな。僕はこいつと仲良くなんてしていない。無論、クレア様もだ」

 多少は協力的にはなったが、態度は相変わらず冷たかった。嫌ならさっさと帰ればいいのに、とジキルは思った。そもそもクレオンが何故買い物に同行しているのかがわからなかった。サディアスとは違ってクレオンには外套を新調する必要も、ジキルの買い物に付き合う義理もない。

「なあ、これ黒と茶色のどっちがいいと思う?」

 クレオンの真意がどうであれ、厚意や親切心などといった人情的な理由ではないことはたしかだ。詮索するだけ虚しいだけだ。ともすればジキルは早々に追究を諦めて、強引に話題を転換した。

「どっちも似合うとは思うけど」

 色違いのコートを両手に掲げたジキルに、サディアスは顎に手を当て考えた。

「強いて言えば茶かな」

「黒だろ」クレオンがにべもなく言った「これ以上野暮ったくなってどうするつもりだ」

 ご指南いただけるのは嬉しいが、もう少し言葉を選んでほしかった。ジキルにとって外套はただの防寒具で、それ以上の意味を持たない。寒さがしのげて、ほどよく頑丈であればそれでいい。色合いなんて考えたことがなかった。

「ま、まあ……黒の方が合わせやすいかもな。下は平服でも軍服でもいいわけだから」

 亀裂が入ったクレオンとジキルの仲を取り持つように、サディアスが黒を勧めた。なんという気遣いだろう。できるものなら目の前の少年にもわけてやりたい。

「でも、やっぱり茶色にしようかなー……」

 意地の悪い発言をすると、サディアスはとても困った顔をした。が、一番聞かせてやりたかったクレオンは、ジキルのことなぞそっちのけで店員に声を掛けていた。


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