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五章(〇)魔女の娘
嫌だ嫌だとジキルは駄々をこねた。
長子特有の物分りの良さはなりを潜めて、場所も構わず首を横に振る。ひたすら嫌だと思った。どうして母は魔女なのだろう。どうして自分は魔女なのだろう。そのくせ、魔法も使えない連中相手に何もできないのだろう。無力な自分が悔しくて、情けなくて、そして母に申し訳なかった。諦めたくないと悲鳴を上げる心の裏で、迫る離別の時を感じていた。
「どうして謝るの?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「私はあなた達にお礼を言いたいくらいなのに」
彼女は笑った。母親には似つかわしくない、幼い表情だった。純粋で、裏表がない。
「あなた達のおかげで、私の人生がどれだけ楽しかったことか」
楽しいものか。毎日毎日ひもじかった。冬は寒くて夏は暑かった。当たり前のことがいちいち身に堪えて、辛かった。明日食べる物を心配することが惨めだった。それは全て、生まれた娘が魔女でなければせずに済んだ苦労だった。
「ジキル」
肩に置いていた手が離れた。代わりにあたたかい布の感触。丈も袖も余るコートは、彼女がいつも愛用していたものだった。
「風邪ひかないようにね」
気配が離れる。涙で霞んだ視界の中で、彼女がひらひらと手を振った。細い背中が遠ざかり、扉の向こうへと遠ざかる。それが、母を見た最後だった。




