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  (十一)王女な王子様

 憤りを湛えた眼差しにジキルは既視感を覚えた。そしてどうしようもなく哀しくなった。この先ずっと、怒りと憎悪を抱えて生きるのだとしたら、それはきっと、とても不幸せなことだろう。

「クレオン、どうして王女のふりをしているんだ?」

 別れを目前にして、ジキルはこの少年のことが気になった。自分などよりはるかに才能があり、努力家な彼がこの先どう生きていくのかが心配だった。

「言うつもりはないと以前に言ったはずだが」

「婚約式開催に協力したご褒美ということで教えてくれ。どうせ俺一人が騒いだところで誰もそんな突飛な話は信じないよ」

 クレオンはうつむいた。少し考える素振りを見せ、やがて観念したように息を吐く。

「……僕は、生まれた時から既に王の器ではないと断じられていた」

 ため息混じりの声が唐突に語り出した。

「身体が小さく、弱かったからだ。熱で倒れたのも一度や二度ではない。たいそう気に病んだ母は、アルディール王国の星読師に文を送り、生まれた子の占星を依頼した」

 ジキルは目を丸くした。

 リーファンの東に位置するアルディールは、別名『占の国』と称されるほど占星術が発達した国だ。その精度は他の占術の追随を許さず、小国であるアルディールが大陸で最も長い歴史を誇っているのは、ひとえに星読師達の先見の明によるものとされている。古来より王宮内には星読師達が住まう研究所兼居住区〈天星宮〉が設けられているほどだ。かの国では星読師が時として国王の決断でさえも覆す発言力を持つという。

「それは……凄いな」

 アルディールの星読師に占星を望む者は国内外に後を絶たない。が、いくら金を積んでも、仮にアルディール王国の王が望んだとしても、星読師本人が承諾しなければすげなく断わられるともっぱらの噂だ。

「まさかとは思うけど、その星読師って」

「カサンドラという予言の星読師だ」

「偏屈の代名詞じゃないか。よく頼めたな」

 天の星々から未来を読み取る力――すなわち〈予言〉は、アルディール王国の星読師でも限られた者にしか授からない占星術。稀有な才能の持ち主、カサンドラは天星宮に籍こそ置いていたが弟子を一人も取らず、公の場にも全く姿を現さなかったので、今では存在自体を疑われている星読師だった。

「無論、王家の内情を他国に露呈する真似はできなかったため、リーファン国内の適当な貴族の名で占星を依頼した。だが数日後、天星宮の星導師宛にしたためたはずの手紙の返事が、差し出し人はカサンドラの名で、アダム国王陛下宛で送られてきた」

 恐るべし星読師。手紙の差し出し人を見抜くくらい、朝飯前ということか。

「それで、手紙には? カサンドラはなんて?」

「魔女の嫁入り」

 クレオンは呟き、口を閉ざした。しばらく待てども続きは一向に明かされない。

「それで?」

 痺れを切らしたジキルが促すと、クレオンは首を横に振った。

「それだけだ。他には何も書かれてはいなかった」

 謎は深まるばかり。当然ながら先代国王もエリシア前王妃も予言を捨て置きはしなかったのだという。

「詳しく話を聞こうと、今度はカサンドラ宛に直接文を送った。しかし、返事をもらえないまま彼は死んだ。病か事故か、あるいは何者かに殺されたかはわからないが、天星宮より訃報が送られて、それっきりだ」

 真実を追究しようとしても予言した当人は死亡。アルディール王国に赴き調べるわけにもいかず、完全に手詰まり。密かに他の占い師や賢者にも訊ねてみたが、結果は芳しくなかった。

「手掛かりが他にない以上、こちらで予言の意味を解釈するしかない。まず疑われたのは当時の王妃であるエリシア。しかし母の生家であるリルバーン家に魔女は一人もいなかった。だとすれば、一体誰が魔女で、誰に嫁入りするのか――考えた末に、一つの可能性が浮上した」

 クレオンは自身を指差した。

「魔女の嫁入り先は、僕――すなわちレティス王家ではないかと」

 あながち突飛な考えとは言い難かった。魔女に目をつけられていたのだとすれば、生まれたばかりの赤子の身に起こる異変も説明がつく。病と同じように、子どもの頃は誰でも魔法への抵抗力が弱い。仮に魔女がクレオンに呪いを掛けたのだとすれば、現在、成長した彼が元気に動き回っているのも頷ける。

「予言の信憑性もなければ、本当にカサンドラからの手紙だったのかも怪しい。かといって捨て置くこともできない。考えた末に先王は絶対に魔女を嫁入りさせない方法を思いついた」

「それが『クレア王女』か」

 さすが王族、やることが大胆だ。国民全員を欺いてでも魔女の嫁入りを阻止するなんて。予言されたクレオン王子を亡き者にしなかっただけ、まだマシと考えるべきか。

 王女ならば間違っても魔女が嫁入りするなんてことはない。現にクレオンもといクレア王女の婚約者は自分であり――ジキルは天井を仰いだ。

(まじょ)

 そう、魔女だ。ジキルの母は魔女だ。その子であるジキルも魔女だ。魔女であるジキルがクレア王女もといクレオンと婚約した。ジキルは全身の血が引いていくのを感じた。

(予言……当たってないか?)

 相違点といえば『嫁入り』が『婿入り』になっていることぐらいで。

「どうかしたのか?」

「いや、あー……別に、うん。何もない」

 自分でもよくわからないことを口走っている。ジキルは咳払いして誤魔化した。

「『クレア王女』が離宮にこもっていたのは、そういう理由か」

 外部との接点を極力減らせば正体が明らかになる心配も減る。

「それに今の国王にしてみれば『クレア王女』の方が、何かと都合がいい。先代国王の嫡男がいると知れれば、王国が二分する恐れがあるからな」

 なるほど。しきりに頷きつつ、ジキルは先ほど浮かんだ恐ろしい考えを頭から追い払うことにした。忘れよう。どうせあと数日で婚約も解消される。魔女は嫁入りも婿入りもしない。めでたしめでたし。

「占い一つで、ねえ……」

「それだけ魔女は忌み嫌われているということだ。リーファン王国建国の王イザード=リム=レティスは、魔神を打ち倒した六英雄の子孫だから当然といえば当然だが。とはいえカサンドラの予言でなければ、歯牙にも掛けなかっただろうな」

 まかり間違っても魔神を打ち倒した英雄の子孫に、魔女の血を入れるわけにはいかないというわけだ。無責任な予言に振り回されている当の本人は、案外平然としていた。

 お前も大変だな――ついクレオンの肩をたたきそうになった手をジキルは引っ込めた。一緒にするなと怒られるのが目に見えている。

 今さらながら、クレオンが自分を嫌う理由がわかった。生まれた時から王国に全てを捧げてきたクレオンにしてみれば、たかだか二、三年のジキルの旅もその目的も『お遊び』程度なのだ。

「……ごめんな」

 聞こえないくらいに小さな声でジキルは詫びた。これでもう、この王子と関わることはなくなると思うと、謝らずにはいられなかった。

 オルブライトを倒すべきではなかった。ジキルなんぞが安易に踏み込んでいいものではなかったのだ。


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