(十)歩み寄る婚約者
カスターニ伯爵首謀のダニエル国王暗殺未遂事件は、その日の内に城中に知れ渡った。取り調べはすぐさま行われた。これを機に、反逆の意思を持つ貴族を全員あぶり出すつもりらしい。証言だけでは逮捕には至らないかもしれないが、誰が『裏切り者』かがわかるだけでも警戒できる。クレアの言った通りだった。
そして事件から二日後、ジキルは意を決してクレア王女の元を訪れた。サディアスに案内されたのは王城に隣接する小さな塔。王族が住まうにはあまりにも小さく、質素な外装でジキルは驚いた。クレア王女がこんな隅の目立たない場所にひっそりと暮らしていること、そしてそのことを自分が全く知らなかったこと、その二つで。
応対したのはレオノーレだった。侍従長御自ら――それだけ使用人も少ないのだろう。サディアスに礼を言って、彼には戻ってもらうことにした。二人きりで話し合いたい。その旨をレオノーレに伝えると、彼女は奥へと引っ込んだ。
「申し訳ございません。今はどなたともお会いしたくないと」
心底すまなさそうにレオノーレは言う。常ならばここで引き下がるジキルだが、今日は一味違う。閉ざされた扉に向かって声を掛けた。
「クレオン、ちょっと時間を貰えないかな。話したいことがあるんだ。聞きたいこともある」
「僕にはない」
かくして返答はにべもなかった。
「でも俺にはあるんだ」
ジキルはレオノーレに一言詫びてから、扉を押し開けた。
「あれだけ利用したんだから、少しのワガママくらいきいてくれないかハニー?」
「は、はにー!?」
クレオンはすっとんきょうな声をあげた。読書の真っ最中だったらしく手から書物が滑り落ちそうになる。
「貴様、断りもなく」
「ごめん」
口では謝りながらもジキルはさっさと部屋の中に入り、扉を閉めた。レオノーレはいない。二人きりで話をするのはいつぶりだろう。
ジキルは椅子の一つに断りもなく座った。腹を据えて話し合うためだった。クレオンはほんの少し眉を寄せたが、結局机の上に書物を置いた。
「僕は、謝るつもりはない」
口火を切ったのはクレオンの方からだった。
「カスターニ伯爵は僕を利用して王座を狙った。だから僕もあの男を利用して国王の信頼を得る。ただ、それだけのことだ。おまえに責められるいわれはない」
「責める気はないよ。ただ、釈然としないことがあるんだ」
カスターニ伯爵は「唆した」とクレアをなじっていた。
「俺はてっきりは誰かが国王暗殺を企んでいたのを、おまえが察知したんだと思ってた。でも、実際は違う。おまえは未然に防ごうと思えば防げる立場にいたのに、しなかったんだ。むしろ、暗殺を実行に移すよう仕向けた」
察するに今回の襲撃事件はクレアとカスターニ伯爵の共謀。しかもカスターニ伯爵が持ち掛けたのではなく、クレアからカスターニ伯爵に話を持ち掛けたのではないだろうか。襲いかかるタイミングを知っていたのも、計画発案者ならば当然だ。手筈を整えたカスターニ伯爵はまんまと『首謀者』として逮捕された。
「カスターニ伯爵を実行犯にすることが一番の狙いだったんだろ? 大勢の人の前で剣を抜かせることで、言い逃れできない決定的な証拠を突きつけた」
別荘でジキルが襲撃されても、王都への帰還中に魔獣をけしかけられても犯人を追及しなかったのは、無駄だとわかっていたからだ。
以前、クレオンが言ったことを思い出す。『目の前でカスターニ伯爵が襲いかかりでもしない限り、国王陛下は信じない』と彼は言っていた。確信めいた口調だった。
「一度だけ、陛下に進言しようとしたことがある」
クレオンが独り言のように呟いた。
「陛下は信じてくださらなかったのか?」
「いや」クレオンはかぶりを振った「拝謁が許されなかった。だから、陛下には伝えられなかった」
「……王女、だよな?」
ジキルは目を瞬いた。
話をするのにもいちいち許可が必要な面倒さはこの際どうでもいい。が、姪が叔父に面会を求めて断られるとはどういうことだ。
「王族だ。城内の隅に追いやられ、王家の一員としても認められず、挙句たかが伯爵ごときに利用される、王族だ」
諦観を滲ませていた幼い双眸が、酷く陰鬱で残忍な色に染まる。クレオンは片頬を歪めて笑った。
「だから思い知らせてやった。あの男が信じて寄り頼む臣下が、笑顔の裏で何を企んでいたのかを」
クレアはカスターニ伯爵と婚約を結ぼうとした。より衝撃的な場面で真実を暴露するため――そして、ダニエル国王の面目を潰すため。




