(七)手強い侍従長
冬に近づくにつれ、王都でも少しずつ寒さが増してきた。
クレア王女に宛がわれている部屋にも炉があるが、古いもののせいか暖房効果は他の部屋と比べて低い。今年もさぞかし寒くて惨めな冬になることだろう。いっそのこと頭から毛布を被ってしまいたくなる日もあるが、仮にも王族の身でそんなみっともない真似が許されるはずもない。
(あの田舎者ならば迷わずやるだろうが)
クレオンはひらりと落ちてくる枯葉を眺めた。窓の外の景色もずいぶんと殺風景になってきた。
「あまり感心致しません」
召し替えを手伝うレオノーレが意を決して口を開いた。婚約式の日取りが決まってから数日後の朝のことだった。クレオンは苦笑を禁じ得なかった。
「何を今さら」
レオノーレが納得しようがしまいが、すでに賽は投げられた。後戻りはできない。
「婚約のことではございません。ジキル様とのことです」
またか。クレオンは内心うんざりしながらも、努めて何でもない風を装った。
「事が済んだら婚約は解消する。それまでの辛抱だ」
しかしあの様子だと、ジキルはクレア王女と婚約させられると本気で信じている。計画を事前に言うべきか。伝えるにしてもどこまで言えばよいものか。考えた結果、何も言わない方がいいという結論に達した。つまりは現状維持。
「婚約の件もそうですが、まずはジキル様のコートの件です」
「知っていたのか」
クレオンはシャツのボタンに掛けた手を止めた。
「ジキル様が血相を変えてゴミの集め場所を訊ねた件は、既に城中に知れ渡っております。一体何をお探しだったのかは誰も知らないそうですが」
クレア王女には似つかわしくない古い外套。それを処分した直後、今度は廃棄物の収集場所を探そうとしたジキル。レオノーレならばすぐさま察しただろう。実際にコートを捨てたのが彼女ならばなおさらだ。
それにしても、だ。一国の王女の婚約者ともあろう者が、ゴミをあさるなんて――正確には、漁ろうとしていただけだが、とにかく非常識だ。婚約式まではこれ以上クレア王女の評価を貶めるようなことがないよう、注意しておかなくては。
クレオンは上着に腕を通した。
「まったく手間のかかる奴だ」
レオノーレは主の魔剣を両手に持って傍らに控えた。
「他人からお借りしたものを、ご本人様の了承もなしに勝手に処分するようお命じになった方には、非はございませんか?」
痛烈な嫌味だった。クレオンは黙って魔剣を受け取り、鞘を腰に固定した。
「あんなボロ雑巾を処分するのにも、いちいち近衛連隊長の姿になって奴の部屋を訪ねてお伺いを立てろというのか」
「ええ。お借りしたのですから、洗ってお返しするのが当然でしょう。無断で処分などもってのほかです」
「僕は貸してくれなどとは頼んでいない。あいつが勝手に寄こしたものだ」
ジキルは善意のつもりだっただろうが、クレオンにしてみればとんだ迷惑だった。サディアスにも見られた。近衛兵達にも。彼らの目には『クレア王女』がどれだけみすぼらしく映っただろう。配慮などまるでない無骨な『魔獣狩り』に、またしても救われた王女――王女付きの騎士であるクレオンにとっても屈辱だった。
「だから勝手に捨てようが構わないとでも?」
そんなクレオンの心情を理解していながらも、レオノーレは追及の手を緩めなかった。
「まさかとは思いますが、ジキル様にもそう仰ったのですか」
「言っていない」
何も言っていない。ただ『捨てた』と答えただけだ。しかも微妙にレオノーレに罪をなすりつけた。さも彼女のミスであるかのように言った。ジキルが詳しく訊かなかったからだ。拗ねたようなクレオンの返答に、レオノーレは少し考えてから、躊躇いがちに再び口を開いた。
「念のために伺います」前置きしてからレオノーレは慎重な面持ちで確認した「もちろん、ジキル様には経緯をご説明し、謝罪もなさったのでしょう?」
クレオンは無言でそっぽを向いた。レオノーレの視線が痛い。静まりかえった部屋で、彼女の深いため息がやけに大きく聞こえた。
「謝罪もなさらなかったのですね」
「……あいつが何も言わなかったからだ」
ジキルは責めもしなかった。つまり、どうでもいいのだろう。生来の貧乏性ゆえに捨てたと聞いた途端、もったいないと惜しむ心理が働いて厨房へと駆けた。が、完全に諦めざるを得ない状態であることを知って、ようやく我に返った。せいぜいがそんなところだろう。罪悪感を抱くだけ無駄だ。
「本当に大切なものだったら、責めるなりすればいい。何も言わなかったということは、その程度のものだったということだ」
「クレオン様、いい加減になさいませ」
レオノーレは彼女にしては珍しく語気を強めた。
「相手からこちらに働きかけるのをお待ちになっていて何になりますか。子どものようなことを仰って他人のせいにばかり……とても責任ある立場の方がなさることとは思えません」
クレオンは自分の足元に視線を落とした。磨き抜かれた革の長靴が視界に入る。ジキル本人にも指摘されたことだった。思えば、ジキルが面と向かって自分を責めたのは、あれが最初で最後だった。あとはずっと、大人のような物わかりの良さを見せて、クレオンを苛立たせていた。
「時間だ。行ってくる」
クレオンはマントを肩に掛けて留めた。かれこれひと月近く王都を離れている。放置していた部下の訓練を見ておかなくてはならない。
ドアノブに手を掛けて、クレオンは小さく呟いた。
「……訓練が終わったら、あいつと話してくる」
「お互いを知る良い機会です。この際、ご不満に思っていらっしゃることをジキル様に伝えてみたらいかがでしょう」
「勘違いしないでくれ。僕はあいつと仲良くするつもりはない」クレオンはむきになって否定した「ただ、説明が足りなかった分を補足するだけだ」
「ええ、もちろん。わかっておりますとも」
レオノーレの声は弾んでいた。彼女の機嫌が直ったのは歓迎すべきことだ。だが、どうにもいたたまれなくてクレオンは足早に部屋を出て行った。




