(五)予測不能のお姫様
国王に呼び出されたのは夜になってからだった。それも謁見の間ではなく、国王の執務室へ。クレア王女との婚姻の話を進めるつもりだというのはありありと伺えた。
「またしてもクレアを救ったと聞いているぞ」
ダニエル国王は執務机のいすに腰掛けた。この前拝謁した時となんら変わることがない。だが、ジキルの中での心証の変化は著しかった。穏やかで柔和な笑みは、今ではとてもうさんくさいものに見えてならない。
「大儀であった」
「ありがたきお言葉」
ジキルは頭を下げた。突き刺さるようなクレア王女ご本人様の視線が痛い。無茶だ。まさか逆に王女様に救われました、なんて馬鹿正直に言えるはずがない。だいたい、洗いざらいぶちまけられて困るのはクレアの方ではないのか。
(あれ? 国王陛下は知っているんだっけ?)
では喋ってもいいのか。いや、でもダニエル国王はジキルがクレアの正体を知らないと思っているわけであって、その設定を生かさな――いといけないのだろうか。
(駄目だ。わけがわからなくなってきた)
事情が複雑過ぎて読めない。悩んだ挙句にジキルは黙っておくことにした。
「また褒美をとらせねばな」
「いえ、国王陛下」
ジキルは慌てて言った。さすがにこれ以上貰うわけにはいかない。
「先立っての件で、もう十分以上にいただいております。それに今回は私の腕が未熟だったため、クレア王女を危険な目に遭わせてしまいました。褒美を受け取るわけにはまいりません」
でなければ隣のクレアに何を言われるかわかったものじゃない。こっそり様子を伺うが、彼もとい彼女の横顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「そうか、そこまで言うのなら今回は控えよう」
ひとまず安心だ。ジキルが息をつく間もなく、国王はさらなる一手を打った。
「では、そろそろ本題に入りたいのだが……あのことは考えてくれたか」
考えたとも。おかげさまでここ数日は逃走経路とか、逃亡先の検討で夜寝る時間もなかった。全ては、生産性のない無意味な結婚話のせいだ。
だいたい邪竜オルブライトを倒した『褒美』が何故王族とはいえ男を嫁にやることなのか。ジキルのことを男だと認識しているのに――嫌がらせとしか思えなかった。
結局、どんなに考えてもジキルの答えは変わらなかった。結婚はできない。自分にはまだ、なすべきことがある。
ジキルが返答する前に、それまで他人事のように静観していたクレオンもといクレア王女が口火を切った。
「陛下、この度の婚姻ですが」
クレアは顔を上げた。伏せがちな目に意思の光が宿る。
「私に異論はございません」
「……は?」
間の抜けた声が口を飛び出た。空耳かそれともクレアの冗談か。ジキルは礼儀も忘れてクレアの顔を凝視する。クレアはこちらを見ようともせずに国王の方を向いたまま動かない。その横顔は凛然としていて、彼女もとい彼の断固たる決意を表していた。
「そうか」国王の表情が晴れる「それは良かった。では婚約だけでも早めに執り行おう」
「ありがとうございます、陛下」
ドレスの端をつまんで一礼。洗練された動作だった。こんな状況でなければ、男だとわかっていても見惚れてしまうくらいに。
「ちょっ」
言いかけたジキルの腕をクレアが掴む。華奢な身体からは想像もできない強さだった。口には優雅な微笑。しかし目が笑っていない。




