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  (三)策謀の王女

 湯浴みから戻ってきたところで、レオノーレが来客を告げる。

「カスターニ伯爵がお見えになってますが……」

 判断を仰ぐようにクレオンを見る。答えなんて決まっていた。仮に気が進まなくてもカスターニ伯爵を追い返すことは、クレアの立場上できない。彼はダニエル国王が遣わしたお目付け役――つまり監視役だ。

 返答の代わりにクレオンは黒髪のかつらをかぶった。心得たようにレオノーレがその髪に櫛を入れて整える。公式の場ではないので結いあげることはせず、後ろに流しておいた。薄く化粧をすればクレオンはクレアになる。

「クレア様、よくぞご無事で」

 相対するなり胸を撫で下ろすカスターニ伯爵。演技しているようには思えなかった。クレアが死んで一番困るのは伯爵だ。

「獣に襲われたと伺いましたが、一体誰がそのようなことを」

「わたくしはてっきり伯爵があの田舎者を抹殺するために、強硬手段に出たのかと思いましたわ」

 冗談めかして言ったが、半分本気だった。別荘に侵入するような乱暴かつ非効率的な手段を選ぶ男だ。「カスターニ伯爵がやってもおかしくはない」と思う程度には疑っていた。

「まさか。私が策を弄するなら、クレア様の御身に危険が及ばぬ方法を考えます」

(そうだろうな)

 クレアも同感だった。

 カスターニ伯爵が目論むのは王位の簒奪。先代国王アダムの実の娘であるクレア=リム=レティスを反国王派の当主に据えることにより、王位の正統性を主張するつもりなのだ。クレアがいなければ元も子もない。

(要するに傀儡だ)

 自分達にとって都合がいいからクレアを立てているだけ。母王妃の濡れ衣によって王位を奪われた悲劇の王女。民衆が喜びそうな話だった。

 思案にふけるクレアにカスターニ伯爵は「ところで」と話題を変えた。

「陛下のご様子はいかがでしたか?」

「存じ上げません。お会いしておりませんから」

「お戻りになってもう半日以上も経っているというのに、まだ陛下はお会いにならないのですか」

 呆れかえったような口調でカスターニ伯爵は傷口を抉る。クレアを傷つけ、ダニエル国王を恨むよう煽っているような意地の悪い言い方だった。

「致し方ありません。議案は山積みとなっていることですし」

 聞きわけの良いことを言いつつも、クレアは多忙が理由ではないことに気づいていた。国王はたしかに忙しい。しかしほんの少しの謁見が許されないほどでもない。仮に襲撃を受けて行方不明だったのが、兄王子、姉王女達だったならば、議会の合間にでも時間を割いて、せめて無事であることを確認しただろう。

「わたくしは陛下の娘ではございませんから」

「ですが、この仕打ちはあんまりではございませんか? 娘ではないとはいえ、れっきとした姪だというのに」

『先代国王の血を引く』姪だ。意味合いは大きい。

「おそらく陛下は、わたくしを恐れているのでしょう」

 厳密には、反現国王派の貴族が、先代国王アダムの嫡子であるクレア=リム=レティスを頭に掲げて反旗を翻すことを恐れている。つまりダニエル国王はクレアのことを信頼していないのだ。クレアは命令通りオルブライトに身を捧げる覚悟で孤島に赴いたというのに。クレオンはあれだけ忠実に仕えているというのに。

(あの田舎者のせいだ)

 クレアは舌打ちしたいのを堪えた。

 クレオン=ベリィレイトがオルブライトを倒していれば国王の信頼も勝ち得ただろうに。ジキルが首を突っ込んだせいで計画は破断。さらに厄介な事態になりつつある。

 ジキルと一緒に山をおりたのも失敗だった。あれのせいで、事実はどうであれ世間的には、クレア王女はまたしてもあの『魔獣狩り』に助けられたことになってしまった。

「いかが致しましょうか。私との婚姻によってクレア様を自由の身にするはずだったのですが」

 ダニエル国王に信用されていないからこそ、今なおこうして厳重な監視体制を整えられている。カスターニ伯爵も監視役の一人だ。そのおかげで反国王派のカスターニ伯爵が堂々とクレアに会えるのだから、皮肉なものだった。

 しかし、ジキルとの婚約が決まってしまえば、クレアは大きな『荷物』を抱えることになってしまう。後ろ盾もないただの田舎者が、王位簒奪に役に立つとは到底思えない。何が何でも婚姻は阻止しなければならない――と、その時、クレアの頭で一つの策が浮かんだ。一発逆転の賭けに近い戦法だった。

「カスターニ伯爵、わたくしに案がございます。かなり強硬ですが勝機は十分にある策です」

 ここまで来たらもう後には引き下がれない。覚悟を決めるしかなかった。


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