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  (十)陰に潜む魔女

 王女が男装して騎士のふりをする理由に心当たりはない。しかし、王子が女装をして王女のふりをする理由にはもっと心当たりがない――どころか、全く想像がつかない。一体どんな複雑な事情があったらそんな珍妙なことになるのか。

「おまえに説明するつもりはない」

 クレオンはすげなく断った。

「知ったところで無意味だ。それに抱える秘密が増えれば、それだけ露呈される危険も増す。おまえだって余計な『荷物』は背負いたくないだろう?」

 正論だった。もちろん、ジキルとて興味はある。しかし王家の秘密を知った後のことを考えると、これ以上深入りするのは避けたい。

「さしつかえなければ、その声はどうやって?」

 クレオンは外したチョーカーを差し出した。紋章の中心に埋め込まれているのは魔導石。よくよく見るとかなり精巧な細工だった。

「自由に声が変えられるのか?」

「訓練次第ではな」

 クレオンはチョーカーをしまった。彼の持ち物はあと魔剣だけだ。聞けば服の裏に隠していたらしい。いざという時のためにクレアの服は礼服を含めほぼ全て、細身の剣を中に下げられるように作られている。

「へえ、便利だなー」

 費用もその分かかるだろう。ジキルのような平民には旅用の厚手のコートだって高い買い物。王族だからこそできる贅沢だ。

「そんなことよりも、こいつらは一体誰の差し金だ」

 足元に転がる魔獣の死体をクレオンは見下ろした。

 たまたま狼の群れが覚醒したところにたまたまクレア王女ご一行が通りかかり、たまたま発狂した魔獣の群れが襲いかかる――絶対にあり得ないとは断言できないが、一般的に『たまたま』が三回続くことを『仕組まれた』と言う。

「カスターニ伯爵、と言いたいところだけど……」

 ジキルは言葉を濁した。カスターニ伯爵にしては不自然な点が多いのだ。

 魔獣を一斉に覚醒させる方法なんてあるのか。よしんばあったとしても、魔女でもないカスターニ伯爵がどうやってさせたのか。手口も乱暴過ぎる。肝心のクレア王女までもが殺される危険を、果たしてカスターニ伯爵がおかすだろうか。

(魔女が絡んでいるのは間違いないだろうけど)

 犯人像が浮かんでこない。一体何がしたくて魔獣をけしかけたのだろう。

「カスターニ伯爵に、ここまでやる手腕があるとは思えんな」

 クレオンも同じようなことを考えていたらしい。結論も同じ――現時点では犯人像も目的も方法も不明。ならば早く安全な場所に辿り着くことが先決。

「今回の件はさておき、別荘での襲撃騒ぎといい、僕の使用人でありながらカスターニ伯爵の命に従う不届き者がいるのは明白な事実。戻ったらすぐにでもあぶり出さなければ」

「あー……そのことなんだけど」

 ジキルは遠慮がちにある使用人の名を挙げた。今回の静養にクレア王女が伴った給仕の一人だった。

「そいつだと思うよ。晩餐会の時に睡眠薬を盛ったのも、その晩の襲撃の実行犯を手引きしたのも」

「何故わかる」

「侍従長さんに、屋敷で急病人が現れたら教えてくれるよう、お願いしておいたんだ。幸いなことにぶっ倒れたり、のたうちまわったりする人はいなかったけど、俺が襲撃を受けた翌々日の朝、一人の女給が体調不良だとかで一日寝込んだ」

 それが先に挙げた使用人だった。医者に診せる必要もなく、その女給は一日で回復して職場に戻った。

「間違いなく香草茶には睡眠薬を盛った。でも俺が翌日も平然としているのを見て、驚いたんだろうな。次に疑うのは自分が盛ったものだ。果たして睡眠薬なのだろうか――命を奪う劇薬ならばまだしも、所詮は睡眠薬だ。自分で試せばいい」

「だが、同僚で試したとは考えられないのか」

「その線も調べてもらったけど、俺のカップに睡眠薬を塗れる人は限られてくる。それに他の人に盛れば万が一、俺の香草茶の一件と同一犯だと疑われた場合、両方に関わっている人が必然的に怪しまれる。ただの検証だったら自分で試した方が確実だし安全だ」

 結論から言えば、実験は成功した。その女給は自分が用意した睡眠薬の効能を、身を以って知ったのだ。

 他の出席者に睡眠薬がいかないよう、ジキルのカップに仕込んだ発想は良かった。しかし、ジキルの体質を知らなかったのが運の尽き。無駄な実験を行った結果、自分が犯人であることを露呈させてしまったのだ。

「そういうわけでレオノーレ侍従長にお願いして、その人には別荘の後片付けと清掃の名目で残ってもらった。こちらから離れれば手引きもできないからね。でも、まさか魔獣をけしかけてくるとは思わなかったよ。警戒はしていたんだけどなあ」

 詰めが甘かったようだ。軽く笑うジキルに、クレオンは額に手を当てた。

「お前がさっさと言えば、こんな面倒にはならなかったものを」

 ごもっとも。容疑者を尋問し犯人をあぶり出せば、少なくともカスターニ伯爵の刺客を心配する必要はなくなる。

 今頃は騎士団と使用人総出で『クレア王女』の行方を捜しているだろう。かといってこのままのんびり捜索を待つわけにはいかなかった。今度はカスターニ伯爵の手の者がジキルを狙って襲いかかってくるかもしれない。

「これからどうする?」

 クレオンは空を見上げた。日の位置を確かめて方向を定める。

「王都へ向かう。城に戻ればこんな茶番も終わりだ」


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