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  (七)逆襲する田舎者

 落下地点からいくぶんか離れたところでジキルは腰を下ろした。改めて現在位置と目的地を確認するため、というのが名目。実際は休憩を取るためだ。ジキルはまだしも、旅慣れていないクレア王女はさぞかし疲労しているだろう。履いている靴も着ている服も旅用の物ではないのなら、なおさらだ。

(ひらひらしたドレスじゃないだけマシだけどな)

 質素を好む性格が幸いした。それにジキルの予想に反して、クレア王女は始終無言だった。この非常事態を理解しているのかどうかはわからないが、やれ歩きにくいだの疲れただの騒がれるよりは何倍も良かった。

 ジキルは荷物から丸薬状の飴を取り出した。一つを自分の口に放り込み、もう一つを隣に座るクレア王女に差し出す。

「俺の弟が作った菓子です。よろしければどうぞ」

 断られるかと思いきや、クレア王女は飴を受け取り、手のひらに乗せた。ただし口に入れるわけでもなく小石ほどの大きさの飴を眺める。

「どうかしましたか?」

「これに毒が入っている可能性について考えていただけです」

 ジキルは頭に鈍痛を覚えた。一体どういう脳髄をしていたらそんな突飛な発想に至れるのだろう。それに殺されてかけているのはジキルの方だ。クレア王女ではない。

「俺がこんな森の中であなたを殺して何の意味があるんですか」

「わたくしが死ねば、今回の結婚話はなくなります。あなたには望んでもないことでしょう? 従者も護衛もいない、二人きりの状況――絶好の機会です。何をしても目撃者はいません」

 澄ました顔で空恐ろしいことをよどみなく言う。ジキルの頭痛が酷くなった。

「毒殺するくらいなら、一緒に転がり落ちたりなんてしませんよ」

「確実に殺すためにわたくしの後を追った、とも考えられます」

「なるほど」

 深く頷いたジキルにクレア王女は胡乱な眼差しを向ける。あっさり引いたから不審に思ったようだ。面倒な王女である。

「ご納得いただけましたか?」

「ええ、とても」ジキルは口の中の飴を噛み砕いた「あなたがとても頑固で猜疑心の塊だということがよくわかりました。おまけに非常に偏った見識をお持ちでいらっしゃる」

 小春日和の穏やかな山中で、空気が凍りついた。クレア王女の端整な顔から表情が消える。造形が美しいだけに人形のようだと、ジキルはぼんやり思った。

「知ったようなことを」

 クレア王女の薄い唇が笑みを形作る。嘲弄を含んだいびつな笑みだった。

 言ってはいけないことを言ってしまった自覚はある。ここまで来たらもう後戻りはできないことも。

「そうですね。俺はあなたのこと、全然知りません。あなたがどれだけ理不尽な仕打ちを受けてきたかも、平和で穏やかにまったりのんびり過ごしてきた俺なんかでは、きっと一生かけてもわからないでしょう」

 ですが、とジキルは言葉を続けた。

「俺はこの数日間、あなたのことを理解しようと努力しました。意にそわない婚姻を結ばれそうになっている者同士、協力できないかと歩み寄ろうとしました。ですが、あなたは何一つご自分ではなさろうとしなかった。ただ斜に構えて、俺に挨拶代りに嫌味を言うだけです」

 ジキルの中で積りに積もった鬱憤が一気に爆発した。

 理不尽な世を儚むのはいい。自分を蛇蝎のごとく嫌うのもいい。生理的に受けつけないというのも仕方ないことだと思う。世界中の全ての人間に好かれようなんて無茶な話だ。

 しかし、だ。相手を『嫌う』のと『向き合わない』のはまったく違う。クレア王女はジキルとまともに向き合おうとしていない。それはとりもなおさず、今眼前に迫っている問題にも向き合っていないということだ。

 国王を始めとする貴族連中の都合を押し付けられ、それに抗おうともしないで甘受しておきながら、恨みを募らせて挙句当人ではなく周囲に発散する。他力本願で消極的な姿勢がジキルには許し難かった。その場で抵抗しないのならば一生文句を言うな。

「俺を嫌うのは結構ですがね、少しはこの状況を打破する方法を考えてくださってもいいのではありませんか? 俺に八つ当たりしているだけでは、問題はいつまでたっても解決できませんよ」

 紫水晶の瞳が怒りで閃く。クレア王女が眼光鋭くジキルを見据えた。負けじとジキルは真っ向から視線を受けとめて睨み返した。無言で火花を散らすことしばし。どちらもひく気は毛頭ない。

 一瞬触発の状態を打ち破ったのは、長く尾をひく遠吠えだった。


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