(二十二)起こる逆転劇
何度目かもわからない突進。馬鹿の一つ覚えだとクリスもいささかうんざりしているようだ。無造作に剣を振って迎え撃つ。
「また風穴を開けてほしいようだね」
激突。刃の硬度に差はない。しかしクリスの強化された腕力は熊とて吹き飛ばす。
「え」
クリスが目を見開いた。魔剣ごとジキルを弾き飛ばす一撃が、易々と受け止められたからだ。
「身体強化か? どうやって」
ジキルは答えず、回し蹴りを放った。ブーツの奥に鉄を仕込んだだけの、人間の蹴りだ。クリスには露ほども響かないーーはずだった。
「ぐっ……!」
腹に喰らった一撃にクリスは呻いた。怯んだその隙にさらなる一撃を加えようとジキルは剣を振りかぶる。クリスは飛び退いた。今さら、ジキルから間合いを大きく取る。
「どういうことだ。何故身体強化ができる」
ジキルはルルに視線を投げた。ルルは魔法の構成を編んでいる真っ最中。ロイスの意識は既に戻っていて、ルルを支えるかのように手を添えている。
「どうしてだと思う? せいぜい考えてみるといい」
悠然と構えてクリスに時間を与えてやった。
「二重魔法? いや、魔族でも不可能だ。ならば他者を癒すと同時に身体強化を……しかし、それには膨大な魔力が」
クリスは知らない。考えれば考えるほど自分が不利になるということに。
背後でロイスが大きく息を吐いたのが聞こえた。ルルが「もうちょっとなんだから頑張りなさいよ」と叱咤する声も。
「クリス、お前の言う通りだよ」
ジキルは苦笑した。
「俺はキリアンとは違って獲物を狩るのは得意じゃないし、捌くのも上手くない。料理だってロイスに比べたら下手だし、ルルみたいに魔法も使えない。クレオンほど何かを深く考えたり悩んだりもしていないし、剣の腕だってこの通りだ」
魔獣狩り。竜殺し。救国の英雄。笑ってしまうような二つ名だ。どれ一つとして自分の力だけで成し遂げてはいない。昔も今も、誰かの助けがあってこそ、ジキルは前に進んできた。
だから、一人で勝手にあきらめて、立ち止まることはできないのだ。
「でも俺は負けない!」
腰を沈め、跳躍。クリスはとっさに魔法を放とうとして、驚愕に目を見開いた。
「まさか」
ようやく気づいたようだ。だがもう遅い。ジキルが上段から振りかぶった剣の一撃を、クリスは辛うじて受け止めた。鍔迫り合いに負けた得物が地に落ちると同時に、クリスは再び距離を取る。
腕力ですらこの様だ。ジキルが強くなったのではない。クリスが弱くなったのだ。
「私の魔力が喰われている……?」
「ご明察」
答えたのはルルだった。小馬鹿にしたように軽やかに笑う。




