(十八)考察する魔族
全ては死ぬ前の暇つぶし。
『クリス』に限らず、魔族では常識とも言うべき共通認識だった。
魔族は不老長寿だ。永遠に等しい寿命を持つがゆえの鷹揚さ。魔族は焦って行動はしない。身を滅ぼしてまでも何かに執着はしない。他者に失望はしても殺意を抱くことはない。何故なら時間は十分以上にあるからだ。どれだけ痛ましい惨事であろうとも百年もすれば忘れ去られ、どれほど素晴らしい偉業でも千年もすれば成し遂げた本人ですら忘却の彼方。時が全て解決することを魔族は知っている。待つだけの時間もまた、魔族は持っていた。
その点、異世界に千年以上も執着し続ける『魔神』は、魔族の中では異端だった。配下としてせっせと裏工作している『クリス』でさえ主の心情が理解できない。理解できないから、興味を持ったと言うべきだろうか。命に限りがある、明らかに魔族に劣った生き物ーー人間とはどんな生き物なのか、侵略にあたり『クリス』は人間の様子をつぶさに観察した。
多少の文化の違いは致し方ないと思っていたが、驚くことはたくさんあった。
一番『クリス』が驚いたのは人の一生だ。多少の個人差はあるが人間は生まれて十年経ってようやく独り立ちを始めるらしい。それまでは『親』の庇護下で育てられる。食べ物も衣服も住処も全て『家族』という他者に整えられ、それを至極当然のごとく甘受する。驚異的な呑気さに『クリス』は開いた口がふさがらなかった。
たかだか数十年の人生の内、大半を『家族』と過ごし、仕えられ、やがて自らが仕える側になる。生まれ落ちた時からひとりで生きることを当然としている魔族には到底理解できない愚行だ。ただでさえ短い命だというのに、他者のために限りある時間を費やすとは、あまりにも非効率的ではないか。馬鹿でもわかることだ。
しかし、そんな矮小で愚かで劣った生き物が千年前に『魔神』と戦い勝利を収めたのだ。
『クリス』はこの時、ようやく『魔神』がこの世界に固執する理由の一端を理解した。圧倒的な力の差、絶望的な状況においてもなお挑もうとするーー人間の力の根源はきっと『クリス』が愚かだと断じたこの非効率な生き方にあるのだろう。
『原初の魔女』すなわち魔族と人との混血に目をつけたのは、以前のような人類との全面戦争を避けるためであると同時に、『クリス』自身がより深く人間を知るためだった。
人間の身体を傀儡とすることで『クリス』は人間社会に溶け込めた。『魔神』の混血児であるエリシアを、かつて『魔神』を打ち倒した英雄の子孫の伴侶にするよう仕向けた。企みはあっけないほど容易く成功した。エリシアが死んだのは誤算だったが、代わりの『器』は既に用意してあった。何の問題はない。
計画が順調に進むのとは裏腹に、人間の謎は深まるばかりだった。富を求めて破滅する者。権力闘争に明け暮れて謀殺される者。知れば知るほど愚かさが目につく。
だからといって、リリア=ドナ=オズバーンのような、魔族にあっさりと傾倒する賢い人間には興味がない。人間より魔族が優れているのは自明の理だ。
『クリス』が求めているのは、自分が到底理解できない『家族』に価値を見出す者。非合理で非効率な他者との絆によって、立ち向かう者だ。
かつて『魔神』が敗北した人の力を『クリス』は見てみたかった。そしてーー完膚なきまでに叩き潰し、踏み躙りたかった。




