(十二)蹂躙する魔族
ロイスが息を呑んだ。言葉もない魔族の子ども二人にクリスは「せっかくだから、もっと教えてあげるよ」とさらに言葉を紡ぐ。
「しばらく放っておいたら、ジキルの子を産んだはずの女が行方不明になってね。結構苦労して探したよ。おまけにようやく見つけたら子どもは三人。どれが『原初の魔女』だか判別つかないから、試しに人間に『狩って』もらうことにした」
狩るーー忌まわしい記憶が引きずり出された。魔法一つ使えないのに、魔女と謂れのない誹りを受けて、自分達の身代わりとなって捕らえられた母。別れの言葉もなかった。執拗にいたぶられ、侮辱され、拷問の果てに、生きたまま火に焼かれて死んだ。
違う。
この魔族に、殺されたのだ。
「……は」
渇いた吐息が掠れた声となってルルの口から漏れた。憤怒、憎悪、怨嗟、殺意、あらゆる負の激情がない混ぜとなって内で暴れる。
「ルル……」
気遣わしげな視線を寄越すロイスを無視した。制止しようと伸ばされたベラの手を振り払う。ルルは背負っていた剣の柄を握り、抜き放った。
「やっと剣を抜いたね」
クリスの思惑通りになったが、ルルの知ったことではなかった。
魔法を連発したせいで身体強化はしばらく使えない。それどころか呼吸も乱れ、倦怠感に意識が飛びそうになる。魔力も枯渇しかけている。剣を抜いたところで魔族ノエルが助けてくれるわけでもない。でもルルは構わなかった。
そう、もはやどうでもいいことなのだ。
圧倒的不利な状況も、この魔族の思惑も何もかも。あらゆる思考はたった一つの意志に塗り潰される。
ルルは身を沈めたまま、両足に力を込めた。殺す。殺してやる。この世から一片の跡形もなく、消し去さらなければない。
だってこいつは母を陥れ、戯れに殺した。その挙句、素知らぬ顔で自分に近づき、利用した。必死に生きてきた自分たちを踏み躙り嘲笑ったのだ。許してはいけない存在だ。
体勢を低くしたルルは前に大きく跳躍した。一気に距離を詰める。が、それよりもずっと速く、クリスは動いた。
「君は本当にわかりやすいね」
伸ばされた腕がルルを狙う。限界にまで身体強化した威力は先ほど身をもって知った。クリスの手刀をルルは剣で受け止めたものの、その衝撃で腕が痺れた。
追撃しようとするクリスの背後から全身鎧が襲いかかる。首に振り下ろされる鉄甲。クリスは避けようともしなかった。硬いもの同士がぶつかる音が響いた。鉄甲の一撃が弾かれる。身体強化は全身にまで及んでいる。
「化け物が!」
「失礼な。純然たる魔族だよ。魔族でも人間でもない混ぜものに言われたくはないな」
悪態にも余裕で返す。侮りを多分に込めて。
ルルは「畜生」と吐き捨てた。怒り心頭に発していても状況の分析は怠っていない。結論は最悪。力も技も速さも差があり過ぎる。接近戦は明らかに分が悪い。
かといって距離を取れば魔法の応酬になる。魔族相手に魔法勝負なぞ、まず勝ち目がない。わかっているからベラもまた接近戦を挑んでいる。
「切り札があるなら早めに出すことだね」
鞭のようにしなやかな一撃が放たれる。避ける間はない。ルルは剣を盾代わりにして受けるーーが、重さが、衝撃が先ほどの比ではない。
今度は悲鳴もあがらない。ルルの身体は風を切って吹き飛び、城壁に激突し深々とのめり込んだ。砕かれた破片が、小柄な痩躯と共に地に落ちる。
「ルル!」
ベラが突き出した槍をクリスは上体を動かすだけでかわした。追撃も全て片手であしらう。
「いつまでも待ってやるほど親切ではないよ」
動けないルルに向かってクリスは空いた手をかざした。光球が光条となって放たれる。灼熱の束が一直線にーー両者の間に割って入ったロイスを貫いた。




