(九)勝利宣言する王子様
雲ひとつない晴天だった。
燦々と降り注ぐ太陽。青い空を自由に飛ぶ鷹。頬を撫ぜる爽やかな風ーーが運ぶ血と焦げた匂い。倒れたオルブライトの死体は景観破壊も甚だしく、のどかな郊外には全くそぐわなかった。
「我々の勝利だ!」
ギデオンが空に向かって拳を振り上げる。呼応するように巻き起こる兵達の歓声。肝心要のクリスはまだ倒していないのに既に勝鬨の声をあげていた。盛り上がる近衛兵一団をジキルは遠巻きに眺めていた。
「いつまでやるつもりなんだろ」
「僕に訊くな」
王太子にしては目立った武勲のないギデオンだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
「鷹から譲ってもらった手柄がよほど誇らしいようだ」
「まあ……アララトは喋れないから」
「そういう問題じゃない」
一番の功労者であるアララトは、キリアンからご褒美の干し肉をもらってご満悦。王城の様子を探るべく、意気揚々と飛び立った。
「ところで、本当にアレをやるのか」
自身の倍はあるオルブライトの死体を見上げて、クレオンが訊ねる。『魔界の扉』の影響下から離れた途端、ただの肉の塊と化した竜の骸ーーこれこそがクリスを倒すために必要不可欠な『武器』だ。
「他にいい案があるのならやめるけど」
「今更だったな」
クレオンは軽い身のこなしで地に伏した巨体にのぼった。オルブライトの首に刺さった魔剣を抜いておくつもりなのだろう。しかし、首から顎にかけて氷で覆われているとはいえ、オルブライトの体液は猛毒だ。
「俺がやるよ」
ジキルがオルブライトによじ登り、魔剣を抜いたその折、アララトが帰ってきた。定位置であるキリアンの伸ばした腕に乗り、翼を閉じる。
師匠からの言伝を確認するなり、キリアンはこちらに駆け寄った。
「ジキル、急いで王城に戻ろう。クリスが動いた」
「え、もう?」
「リリアを倒したからだろう。僕達が集結する前に各個撃破した方が得策と考えてもおかしくはない」
クレオンが冷静に指摘する。
「じゃあルルとロイスと師匠が、」
「だから急いで戻るぞ」
クレオンは周囲にいた手持ち無沙汰な兵士達全員にギデオンの護衛をするよう命じた。
「城内の魔獣を倒したら合図を送る。それまでは決して王都には戻るな」
「し、しかし……もし連絡がなければ」
「すなわち城内は危険だということだ。黒い狼煙か、もしくは日が落ちても連絡がなければ、ギデオン殿下を連れて、王都を離れろ」
キリアンはオルブライトに縄をくくりつけて、首の根本部分にまたがった。次いで自身にその縄を固く結ぶ。命綱だ。
「贅沢を言えば鞍がほしいところだね」
「竜専用のか?」珍しくクレオンがキリアンの冗談に応じた「大きさを測るにも一苦労だ」




