【番外編】ご機嫌なおしはブラウニー
「ねー、いつまでいるの?」
まさか大型連休明けまで居座るつもりなのか。確認と牽制の意味を込めて訊ねた。
クレオンはアララトに餌をやっているキリアンの方を向いた。
「ーーと、奴が訊ねているが、僕としても気になるところだ。貴様はいつまでいるつもりなんだ」
「いや、あんたに訊いているんだけど」
「いくら幼馴染みとはいえ、他人の家に至極当然のごとく二週間も留まるのは非常識だとは思わないのか」
「非常識はあんたでしょうが!」
ルルは食卓テーブルに勢いよく手をついた。緊急事態宣言が発表されてから早二週間。大きな問題が発生することもなくそれなりに仲良く暮らしている。しかしいつもの三姉弟(プラス、キリアン)に異質な人間が加わるのは違和感が半端なかった。何よりもジキルがクレオンに構う時間がどうしても増える。必然的にルルやロイスは二の次になる。ルルにはそれが面白くなかった。さっさとお引き取りいただきたいのが本音。
キリアンは困惑顔で「母さんが出張先で足止めをくっているからなあ」と律儀に答える。
「それに既に非常事態でもあるわけだし、多少の非常識にはお互い目を瞑った方がいいと思うよ」
ごもっとも。クレオンは苦い顔で考え込んだ。
「……やむをえんな」
「ねえ、だからなんでそんな偉そうなの。ここあたしの家よ? あんた他人よ? キリアンとは違って幼馴染みですらないわよね?」
「当たり前だ。お前達とは育ちが違う」
「あー! もういやこのおぼっちゃま!」
ルルは頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。意思疎通がはかれない。ジキルは一体どうやってこの異世界人を懐柔したのか。
(普段は野良の犬猫を拾うなとかうるさいくせに!)
自分は他所から煮ても焼いても食えない金持ちぼんぼんを連れてくるとはどういう了見だ。
「そういえば兄さんはどこ?」
「食料の買い出しだ」
やや不機嫌そうにクレオンが答えた。察するに同行を申し出たが断られたのだろう。いい気味だ。
噂をすればなんとやら。玄関から「ただいまー」と呑気な声がした。
「結構、スーパーも混んでいるなあ」
帰るなりジキルは洗面所へ直行。手洗いうがい、そして布マスクを洗って干す。
「だからネットで買えと言っただろう」
「でもみんながそれやったら配送がパンクするだろ」
「不合理な奴め」と文句を言いながらもクレオンはいそいそと買い物袋から物を取り出しては冷蔵庫や所定の場所にしまう。この二週間でジキルに仕込まれたらしい。マクレティ家に溶け込んでいるではないか。ルルは面白くなかった。
「外で遊べないのが不満なのはわかるけど、仕方ないだろ」
ジキルがルルの頭を撫でる。どこまでも間抜けな姉だ。幼稚園生ではあるまいし、外遊びができないくらいで不貞腐れるわけがない。
「これでも食べて機嫌なおしなよ」
大袋の胡桃が目の前に置かれる。混んでいるスーパーで探してくれたのだろう。ルルは飛びつきそうになるのをぐっと堪えた。たかだか胡桃一袋で懐柔できるほど安い妹ではない。
「……ブラウニーがいい」
「小麦粉もココアもあるよ。みんなで作ろう」
その『みんな』の中にクレオンが入っていることが気に食わなかったが、ルルは譲歩することにした。




