二十章(一)壊れたお嬢様
遠巻きに聞こえた地響きに、ルルは作戦が成功したことを知った。王都から立ち上る狼煙が見えた。決めていた合図だった。オルブライトは倒された。
「あんたの予想通りだったってことね」
ルルは背負った魔剣の柄を軽く小突いた。
間違いなく死んだはずのオルブライトが、まるで生きているかのように反応し動き回る。痛覚や味覚も健在。命令に従うだけでなく、自分で判断して獲物に襲いかかる。魔法で仮想意志を植え付けたとしか考えられなかった。
そしてオルブライトほどの竜を操る力となれば、魔導石一個ではとても足りない。登場したタイミングを考えると魔族アリーの魔導石で操っている可能性は低かった。いざリーファン王国を肝心要の時に、オルブライトが現れなかった。つまりその時点ではまだ操ることができなかったのだ。ここ最近になって連中が入手し、魔神に準じる規模の魔力を供給できるものーー『魔界の扉』を使ったのだとたやすく推測できた。
『だとすれば、効果が及ぶ範囲には限度がある』
ジキルの身体を乗っ取っていた魔族ジキル(ややこしいのでノエルと呼ぶことにしたそいつ)は、断言した。
体内に『魔界の扉』を埋め込むことはできない。周囲の魔力を吸って膨張しているため、いかに伝説の生物といえども負荷に耐えきれないのだ。
供給源から離してしまえば魔力切れを起こして、動かなくなる。至極簡単な理屈だ。
「あら残念」
切り札とばかりに登場させたオルブライトが倒されたというのに、リリアに動揺はうかがえなかった。数ある玩具の一つを壊された程度の感慨だ。
「頼りにならない『お父様』ね」
ルルが皮肉を言っても、リリアが気に留めた様子はない。挑発に乗ってこない。ルルは眉をひそめた。
「所詮、下等生物の死体を操っただけですもの。時間稼ぎになっただけでも十分よ」
リリアはわけなく言った。
たしかに、死傷者こそ最小限に抑えられたが、王都にジキル、王都郊外にクレオンとキリアン、オマケのギデオン王太子と戦力が分散されている。城内に残っている魔女はルルとベラだけだ。この状況でクリスが動き出したら対抗できないだろう。
「ねえ」リリアは忍び笑いを漏らした「のんびりしていていいの? こうしている間にも『魔界の扉』は完成へと近づいているわ」
「あんたこそいいの? その扉が完成したら大事な大事な『王子様』も『お兄様』もついでにあんたも、みんな死ぬのよ」
「死なないわ」
リリアは否定した。迷いなど全くない口調だった。
「リリアは死なないわ。だってリリアはお姫様ですもの」
至極当然の道理を語るように確信に満ちた断言。ルルはその異常さに肌が泡立った。
「初めて会った時からおかしな奴だと思っていたけど、ちょっと見ない間にますますぶっ壊れたわね。ウチの近所の鍛冶屋を紹介しましょうか? ねじ曲がった性根も魔剣と一緒に打ち直してくれるわよ」
リリアはにこりと微笑む。聞こえていないかのように皮肉は流して、クマのぬいぐるみの頭を撫でた。
「まずは右足」
音もなく、クマの足が切断。地に落ちる。
「次に左腕、右腕、最後に左足」
リリアの言葉に合わせて次々とクマの部位が切り落とされる。ルルは自分の頬が引きつるのを感じた。想像以上にリリアはぶっ壊れていた。
「それでいかが?」
「……もちろん」ルルは拳を握りしめた「いいわけないでしょう馬鹿!」




