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  (十三)生まれながらの貴族

 不審者の捜索、警備体制の見直し、怪我人の手当、屋敷の被害状況の確認。実際それらの作業を行うのは部下とはいえ、取り仕切るクレオンの負担は相当のものだった。次から次へと報告を受ける度に指示を下し、自らも屋敷内を見て回る。

 幸いなことに屋敷の被害はほとんどなく、怪我人もわずか。せいぜいが使用人の一人が侵入者と居合わせ、驚いて足を踏み外し階段から転げ落ちた程度だった。襲撃者はずいぶんと紳士だったようだ。

 侵入経路も割り出せている。南側の警備が手薄になった僅かな隙をついて敷地内に侵入。屋敷の中に入って真っ先にクレア王女の部屋へ。しかし、襲撃者にしてみれば運悪く、王女は別室にて客人と話をしていたため、不在。そうとも知らない襲撃者達は部屋を誤ったかあるいはクレア王女を捜して、たまたまジキルの泊まっていた部屋に侵入し、彼を襲った。つまりジキルが襲われたのはあくまでも偶然のこと――そう思わせたいのが丸わかりだった。

 早々にクレオンは追跡を切り上げようと判断した。犯人がわかり切っているのに手下を追っても無駄だ。クレオンが舌打ちした時、廊下の反対方向から張本人がやってきた。

「ベリィレイト近衛連隊長」

 カスターニ伯爵はクレオンの姿を認めると声を掛けてきた。

「この騒ぎは一体なんだ 」

「賊が侵入したようです。すぐさま屋敷からはお引き取りいただいております。現在は衛兵の何人かがその行方を追っておりますゆえ、ご安心ください」

「夜分にご苦労だな」

 台詞とは裏腹に、カスターニ伯爵には労う気配など全く感じない。それどころか憮然とした顔でクレオンを睨む。

「しかし、やすやすと侵入を許すなど、警備体勢に抜かりがあったのではないか? クレア王女の身に何かあった場合、一体どう責任を取るつもりだ」

「その点に関しましては面目次第もございません」

 内心顔をしかめながらもクレオンは慇懃に頭を下げた。襲撃事件を企てた黒幕に警備の不手際を責められるいわれはなかった。それに万全の態勢を整えられて困るのは伯爵の方だ。

「オルブライトの件にしてもそうだ。あんな卑しい魔獣狩り風情に王女を助けてもらうとは、我々臣下の面目は丸つぶれ。貴公には貴族としての矜持も責任感もないようにお見受けする」

 都合のいい時だけ同じ貴族呼ばわり。普段は一介の近衛連隊長など平民と同程度にしか見ていないというのに。

「ところで伯爵、護衛として待機させていた私に部下に、貴殿は何をお命じになったのでしょうか?」

「一体何のことだ」

「おっしゃる通り、警護に抜かりがあったのではないかと調べましたところ、持ち場を離れていた不届きな者がおりまして。詳しく事情を聴取した結果、ある方に指示を賜ったと申しておりました」

「それが私だと?」

 カスターニ伯爵の声音が剣呑なものとなる。

「あいにくだが私には全く覚えがない。何者かが私の名を騙って衛兵に指示を出したのだろう」

「一体何のためにそのようなことを」

「知れたこと。南口の警備を手薄にさせ、その隙に侵入するためだ。そんなこともわからないのか」

 日当たりの良い南側に客室は備えられている。クレア王女を狙っていたのなら、侵入者の判断は的確だった。だが、詰めが甘い。

「この際だから言っておこう。そもそも私は、全く経験のない若造を近衛連隊長に任命することには反対だった。剣の腕だけで決めるようなものではない。近衛兵を束ねる者に必要なのは忠誠心、そして冷静かつ的確な指示を下す判断力と統率力だ。にかかわらず貴公はクレア様が生贄にされたというのに、オルブライトに恐れをなして救出しようともしなかった。その上、部下への指揮系統すら満足に、」

「失礼ながらお訊ね致します」クレオンは延々と続く小言を遮った「伯爵は何故、侵入者達が南口から敷地内に入ったことをご存知なのでしょうか?」

「何を言う。今、貴公が」

 にわかに気色ばむカスターニ伯爵。クレオンは間髪入れずにトドメを刺した。

「私は侵入経路までは申し上げておりませんが」

 反論の言葉を失ったカスターニ伯爵は、それとわかるくらいに取り乱した。「それは……」だの「南口が……もっとも、効率的だと、思ったまで」だの、なんとか取り繕うための言葉を発するが、全て意味を成さなかった。既に彼が黒幕であると確信していたからだ。クレオンは目を眇めた。

「私の知る限りですが、今夜だけで貴殿の『失言』は二度」

 一度目は晩餐の席で、だ。あの時は『クレア王女』が話を強引に打ち切ることで、さらなる追及を免れたが、これからはそうもできない。

「伯爵たるもの、常に冷静かつ的確な指示を下す判断力を身につけていただきたいものです。はかりごとをなさる場合は、特にご注意願いたい」

 が、そこは貴族。ありもしない威光を振りかざして正論を突っぱね、挙句には憤然やるかたなしとばかりに顔を真っ赤にする。握った拳が小刻みに震えていた。

「なんと無礼な……番犬風情がっ!」

 侮蔑を込めて吐き捨て、カスターニ伯爵は鼻息も荒く立ち去った。唾棄せんばかりの勢いだった。クレア王女の前とではまるで別人のよう。しかしクレオンは驚かなかった。やはりこいつもか、と諦観に似たものを胸に抱く。

 上に対する敬意は人一倍払う反面、自分より身分の低い者には価値を見出さない。こうして侮蔑の言葉を吐いて、自らのささくれだった心の鎮静化をはかるのだ。身勝手で非常に迷惑な男。これが、カスターニ伯爵の本性だった。

 カスターニ伯爵に限ったことではなかった。曾祖父から代々続いているような、言わば生まれながらの貴族は、生まれて間もなく貴族でないものを見下すことを覚える。

 ベリィレイト家は爵位こそ辛うじて持っているものの、辺境の地に封ぜられた田舎貴族だ。それがクレア王女付きの近衛連隊長にまで上り詰めたのは、ひとえにクレオン=ベリィレイトの実力によるものだった。故に一代限りの栄誉と陰口を叩く者も少なくはない。

 最年少の近衛連隊長。王国屈指の天才剣士。数々の称賛の言葉の裏には、それ以上の嫉妬と軽蔑が潜んでいる。クレオンはそのことをよく理解していた。

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