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  (十)逃げる獲物

「お前は少し体裁を考えろ」

 苦言を呈しながらもジキルのこの性格に関しては、クレオンはあきらめていた。

 見栄や体裁はおろか勝ち負けすら重要視しない。生きてさえいればいいという、至極明快な考え方だ。だからこそ、誰もが絶望する状況下にあっても活路を見いだすことができるのだろう。

「キリアンによろしく」

「生きて会えたらな」

 軽口を叩いている間にオルブライトは復活したようだ。大きく片翼をはためかせる様子からして、まだ自身の魔導石はあきらめていないと見た。狙い通りだ。

 遠巻きに衛士達が見守る中、クレオンは再び馬を駆けさせた。ほどなくして先を行くギデオンの背中が見えてきた。オルブライトの気配も近づいている。心なしか先ほどよりも速度は落ちているが。

(これなら逃げ切れるか)

 一瞬浮かんだ勝機はしかし、耳をつんざく咆哮で霧散した。後ろに引っ張られるような風。オルブライトが息を大きく吸い込んだのだ。

「まさか……っ!」

 クレオンは振り向き自分の嫌な予感が的中したことを悟った。膨大な酸素の吸入は火を吹く予備動作だ。よりにもよって住宅地が密集しているここで。

 やはり無理があったか。

 街に被害が出ることを覚悟で王城からオルブライトを誘き出したのにはわけがある。サマエル〈神の毒〉にこそ及ばないもののオルブライトの体液は猛毒。通常の人間ならば血を浴びただけで死に至る。オルブライトと戦闘し、万が一に城内、あるいは街中で倒れでもしたら被害は甚大になる。だからまずは王都を離れ、誰もいない場所で待ち構えているキリアン達と力を合わせて戦う算段だった。

 王都内で本格的な戦闘を始めないよう、攻撃も挑発と足止め程度で最小限にとどめた。それが裏目に出たか。一向に取り戻せない魔導石にしびれを切らしたオルブライトが、火炎放射で周辺もろともちょこまかと動く人間を始末しようとしている。

「ギデオン、左に旋回しろ!」

 怒鳴った後でクレオンは魔剣を抜き放った。オルブライトの右翼は傷を負っているので、左旋回には時間がかかると見越しての判断だった。が、火炎放射されてしまえば元も子もない。首を振るだけで掃射だ。建物ごと燃やされておそらく灰と化す。

 クレオンは手綱を引いた。止まるまでの時間さえも惜しい。失速した途端に馬から降り立った。抜き放った魔剣。その柄に埋め込まれた魔導石を額に当てた。はやる心を制御し、魔法を組み込む。

 クレオンは魔剣をオルブライト目掛けて力一杯放った。魔剣は回転しつつ放物線を描いて飛ぶ。まさに今、炎を吐こうとしたオルブライトの首に突き刺さった。

 オルブライトがまたしても吠え猛る。激しく首を振り、なおも炎の吐息を放とうとする。が、遅い。

「凍れ!」

 裂帛の気合いと共に魔法を発動させる。〈原初の魔女〉の魔導石を最大出力。青い光が散り、瞬時にオルブライトの首から顎もろとも氷で覆い尽くす。

 クレオンは大きく息を吐いた。虚脱感。熱を持ったかのように頭が重く鈍い痛みを感じる。全力で放った魔法は威力に比例してクレオンの体力を奪っていた。ともすれば飛びそうになる意識を、クレオンは気力でとどめた。

 武器もない。戦う力もない。しかしここで立ち止まるわけにはいかない。

 クレオンは力を振り絞って、もう一度馬の背に乗った。オルブライトの黄色い隻眼がこちらを捉えているのを確認してから、馬の腹を蹴って駆けさせる。

 疾走させることしばし、王都の外壁が見えたところで馬を乗り換えているギデオンに追いついた。心配そうに振り向いている。

 クレオンは歯噛みした。余計な世話だ。なんのためにオルブライトを足止めしたと思っているのか。

「クレオン、邪りゅ」

「さっさと行け!」

 ギデオンは「ひっ」と、しゃっくりのような音を漏らした。視線の先はこちらーーを越えたさらに奥。クレオンは馬を止めて振り向いた。

 オルブライトが翼を広げて、頭を低くした。獲物を狙う猛禽類を彷彿とさせる仕草。クレオンの指先が首元に、魔導石が埋め込まれたチョーカーを求めてさまよった。無意識だった。ルルに渡してそのままだったことを思い出す。

 小さく嘶いたオルブライトが四肢に力を込めた。伏せの態勢から大きく跳躍。進行方向にある建物を踏みつけ、あるいはなぎ払い、一直線に魔導石に向かって突進した。

 オルブライトはクレオンには目もくれず、王都の外壁を軽々と飛び越えた。石畳を踏みつけて着地。その衝撃で外敵から防御するための壁が壊れ、煉瓦が剥がれ落ちた。人の矮小さを嘲笑うかのように呆気なかった。

 ここまでか。クレオンは首から下げていた笛を口に当てて大きく息を吸った。

 嘶きに似た鋭い音が空気を裂く。オルブライトの咆哮と足音の前では儚くかき消されてしまう程の音。それが、合図だった。

 開け放たれた城門の向こうに、逃げるギデオンの姿が見えた。一心に馬を駆けさせているのだろう。背後に迫るオルブライトに気づいていない。

 射程範囲内に入った獲物に、オルブライトが鎌首をもたげた。

久しぶりに活動報告も更新しております。

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