(三)帰ってきた妹
目覚めは想像よりも悪くなかった。腹を貫かれて、サマエル〈神の毒〉に侵されて瀕死の状態とは思えないくらい、いつも通りだった。
「むー……」
自分の口から出たのは変な呻き声。ゆっくり瞼を開けると、豪奢な天蓋とこちらを覗き込む目と視線が合った。深い紫の瞳が大きく見開いた。
「ジキル……なのか?」
小さく頷くと、クレオンの端正な顔が歪んだ。安堵とも喜色ともつかない、途方に暮れたような表情だった。
ジキルは首を捻って周囲を見渡した。キリアンが、ロイスが、レオノーレが、そして何故かギデオンまでもが一様にこちらを伺っている。部屋の隅に置物よろしく鎮座しているのは、鎧を纏ったベラだ。
「……ルルは?」
妹の姿がない。ジキルは身を起こした。
「無事なのか? どこに」
「ここにいるわよ」
ルルはベッドの脇にある椅子から飛び降りた。
「大丈夫なのか、怪我は?」
「馬鹿じゃないの。魔導石をまんまと奪われたのは兄さん、クリスにお腹を貫かれたのも兄さん、血を吐いて瀕死状態だったのも兄さん。私より自分の心配したら?」
悪態をついてベッドに歩み寄る。
「挙句、わけのわからない魔族だかノエルだかに身体を乗っ取られて……本当馬鹿だわ、信じられない。どこまで間抜けなの」
「ごめん」
「謝って済むと思っているわけ。呆れた。これだけ大勢の人を振り回しておいて、どうせ懲りずにこれからも無茶するわけでしょ」
当たっているだけにジキルはぐうの音も出なかった。
「ほっといてって言ったじゃない。なのにどうして首を突っ込むの? なにが『大丈夫なのか』よ。大丈夫じゃないのは兄さんの方じゃない」
「本当にごめん」
「だからそういうっ」
「心配掛けて、ごめん」
ジキルは頭を下げた。ルルの姿は見えない。痛いくらいの沈黙の果てに、ルルが息を呑むのが聞こえた。
これは相当に怒っている。雷が落ちるのを覚悟して、恐る恐るジキルは顔を上げた。
「…………ルル?」
「なによ」
剣呑な声でルルは凄むーー凄んでいるつもりなのだろう、本人は。
「いや、あの……」
ジキルは頰をかいた。助けを求めてキリアンの方を見やる。が、キリアンは困ったように苦笑するだけで何も言わなかった。ロイスはあきらめろと言わんばかりに頷き返し、クレオンは腕組みしてため息をついた。呆れを隠そうともしない。
「なによ。いい、たいこと……あるな、ら」
「俺が悪かったよ」ジキルは観念して、正直に言った「だから泣くなって」
ルルは「ばか」と吐き捨てると、ジキルに体当たりした。
「ぐえっ」
まともに胸に喰らったジキルは再びベッドに沈む。そんなジキルの様子などお構いなしに、ルルはぐりぐりと頭を押し付ける。その動作に合わせて黒いリボンが揺れた。
「まぬけ」
「うん」
「あさはか」
「否定はしない」
「ほんとばか」
ジキルに抱きついた状態で散々罵った後、ルルは消えいりそうな声で「もうむちゃしないで」と涙混じりに呟いた。
ジキルは久しぶりにルルの金髪を撫でた。やっぱり優しい子だ。昔も、今も。全然変わっていない。
「おかえり、ルル」
ルルは鼻をすすった。
「……ただいま」




