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  (十二)邪竜以下の英雄

「は?」

 ジキルは自分でもそれとわかるくらい間の抜けた声をあげた。

「……カスターニ伯爵って、あの?」

 クレオンは無言で首肯した。とても冗談を言っているようではなかった。

「え、息子とかじゃなくて?」

「晩餐会にいただろ。あれが本人だ」

 細面の神経質そうな男だった。それでいて意地の悪い。一体どこがいいのかさっぱりわからなかった。クレア王女の趣味を疑う。しかし人の好み以前の問題があった。

「だって、三十は過ぎてるよな?」

 晩餐会に招かれていた貴族では一番若いといえども、ジキルとクレア王女の年を足したくらいの年齢のはずだ。

「今年で三十七と僕は聞いている」

 天気の話でもするようにクレオンはあっさりと告げる。

「二十も違うじゃないか! しかも貴族のくせにその歳で独身なのか?」

「結婚はしていたが、今は独身だ」

 カスターニ伯爵は三年前に奥様を亡くされたのだという。再婚はもちろん、二、三十の年齢差の結婚も貴族ではよくあることだ。ジキルとて聞いてはいたが、一国の王女の相手がそんなのでいいのか。あまりにも酷い扱いだ。

「で、その次はオルブライトの生贄にしたり……いくらなんでもそこまでするか。クレア王女はよく黙っているな」

 むしろ猛然と抗議しそうな気がする。なにせ時間通りに来たジキルを当然のごとく責めるような王女だ。臣下の後妻に納まるような深窓の姫君ではない。

「双方に利のある婚姻だ。カスターニ伯爵は王家と姻戚関係を結ぶことができ、クレア王女は後ろ盾を得る。国王も信頼できる臣下に不穏分子を監視させることができる」

 数式を解説するかのように理路整然と語られても、ジキルの胸にはわだかまりが残った。『にくきゅう』で一緒に昼食を食べた時もクレオンは同じようなことを言っていた。彼に限らず貴族にとって重要なのは『利益』なのだ。結婚も契約の一つ程度にしか思っていないのだろう。とても寂しいことだった。

「ところが、だ。突如として現れた計画性も責任感もなく恥も知らない最低最悪な卑怯者を婿にしろと、国王陛下がクレア王女に命じられた」

「なるほど。つまり、上手くいくはずだったカスターニ伯爵とクレア王女の邪魔をした、その最低最悪な卑怯者というのが」

「お前だ」

 だからカスターニ伯爵は脅迫したり、夜襲を仕掛けたりと、ジキル排斥のためにせわしなく働いていたのか。自分の預かり知らないところで恨みを買っていたという事実に、ジキルは少なからず衝撃を受けた。何よりも傷ついたのは、クレア王女――事情があるとはいえ二十も年上の貴族はよくて、同い年の平民は嫌だってどういう了見だ。

(俺は邪竜以下か!)

 本当にオルブライトよりも嫌われているとは思ってもいなかった。貴族のお偉いさんの考えることは、一般人には度し難い。

 動機を知るのと同時に、ジキルはいますぐ自宅に帰りたい衝動に駆られた。好きで邪魔をしたわけでもないのに恨みを買って命まで狙われてはたまったものじゃない。これで殺されようものなら、死んでも死にきれないだろう。

「なんか……すごく、馬鹿馬鹿しくなってきたんだが」

「だから僕は穏便に事を済ませようとした。それをことごとく拒んだのはお前だ」

 そう責められても、効きもしない毒に苦しむことはできない。こうなったら国王の面前でクレオンと決闘でもして、無様に命乞いして負けてやろうかと投げやりな考えが浮かんだ。

「カスターニ伯爵に直接会って、弁解するか」

 ジキル自身にクレア王女と結婚する意志がないことを示せばいい。クレオンは即座にジキルの甘い考えを否定した。

「無駄だ。前にも言ったがお前個人の意思なんて関係ない。婚約話が消えないかぎり伯爵はお前を排除しようとするだろう」

「王女様の命を助けた礼に命を奪われるなんて、素敵だなー貴族社会」

 なんという不条理。肩から力が抜けていくのを感じる。乾いた笑いが口から零れた。

「……わかったよ。俺はしばらく姿をくらますから、消息不明ということでなんとか国王陛下を諦めさせてくれ」

 身を翻したジキルにクレオンの冷たい一言。

「お前、王国中に指名手配されたいのか」

 ジキルは振り向いた。穏やかではない単語を聞いたような気がしたからだ。

「犯罪者じゃあるまいし、まさかそんな」

「国王陛下の命令に背いて王城に戻らず許嫁を放置して逃亡するのは、立派な反逆行為だ。殺されはしないだろうが相応の報復は覚悟しろ。一国の王の体面を汚した罪は重い」

 それでは一体どうしろと。八方手詰まりな状態にジキルは途方に暮れた。

「いっそ国王陛下にカスターニ伯爵の横暴さを訴え出るか」

「証拠がどこにある。相手は長年レティス王家に仕えてきた伯爵家だ。目の前でカスターニ伯爵が襲いかかりでもしない限り、陛下は信じないだろうな」

 絶体絶命。打ちひしがれるジキル。クレオンは額にかかる前髪を指で払った。

「明々後日にはここを発って、王都に戻る。何にせよまずは陛下を説得するしかない」

(生きて王都に辿り着ければいいがな)

 冷静なクレオンの態度に不満を抱きつつも、筋違いであることはジキルも理解していた。いくらクレア王女付きの近衛連隊長とはいえ彼にとっては他人事なのだ。こうして情報を提供してくれるだけでも感謝するべきだ。

(クレア王女め)

 他に向かわない分、積りに積もったジキルの恨みは諸悪の根源である王女に注がれる。この状況を知っていながら何一つ動こうとも、言おうともしない薄情さが許し難かった。


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