(九)失敗の産物
クレオンは自分の顔が強張るのを感じた。心当たりはあった。ずいぶんと酷い扱いをした。ジキルならば大丈夫だという算段があったことは否めない。
「だが、ジキルは戦っていた」
それこそ平然と自分の前に再び現れた。そして怒って喧嘩した。一度倒れたものの、応急処置をしてクリスと大立ち回りを演じた。
「あれが一番いけなかった」
『ジキル』はため息をついた。
「悲劇のヒロインよろしく打ちひしがれていればいいものを、無理に奮い立たせた。立ち止まる機を逸してしまったんだよ。結果、倒れた途端に起き上がれなくなった。まあ、妹が魔族とやり合おうって時に呑気にめそめそ泣いてる姉なんざいないだろうけど」
若干、呆れながらぼやく『ジキル』に、クレオンは釈然としなかった。想像していた魔族とはずいぶんと違う。文句を言いつつも気遣う素振りを見せる。これではまるで。
「お前は一体何者だ」
見守り、必要とあらば手を貸す。まるで保護者のようだった。
「ジキルがノエルと呼んでいた魔剣、と言ったら理解してくれるかな。ややこしいから私のことは『ノエル』とでも呼んでくれ。彼女の母レナを魔界に引きずり込んで孕ませた魔族だよ」
「ジキルの、父親……?」
「そうとも言うかもしれない」
『ジキル』もといノエルは平然と言った。良くも悪くも自分の血をひく魔女には関心がないように見えた。クリスとはまるで違う。
クリスや魔神にとって自らの血をひく魔族の子は、大事な『器』だ。だから道具として守り、時には手を出した。
しかし目の前にいるこの魔族は、ずっとジキルのそばにいたというのに全くと言っていいほど干渉しなかった。パーセンでジキルがブレイク伯爵に手を掛けようとした時でさえも。
こうしてジキルが眠っているような事態にならなかったら、ずっと表には出てこないつもりだったのかもしれない。
「勘違いしないでほしい。私は別に自分の血をひいているからといって娘や息子の身体を乗っ取ろうとは思わないし、かといって身内びいきをするつもりもない。クリスがこの世界を支配したいというのなら止めはしないよ。私には全く関係のないことだからね」
面倒臭そうにノエルは言った。
「異世界を支配下におさめて何が楽しいのかは理解に苦しむけど」
「では何故、ジキル達を産ませた」
当人達がいないことがクレオンの遠慮をなくさせた。支配が目的でないのならわざわざ人間をさらって犯す必要はなかったはずだ。
「興味本位」
案の定、ノエルの返答は容赦なかった。とてもではないがジキルには聞かせられない。
「今は後悔してるよ。面倒なことになると知っていたら絶対にやらなかった。長い魔族の生涯でもこんな『大失敗』は滅多になかろうさ」
さすがは魔族。乗っ取った娘の身体で、大失敗とまで言ってのけた。
「でもまあ、なってしまったものは仕方ない。クリスが私の魔導石も『魔界の扉』の一部にしようというのなら、その扉を砕くまで。黙って滅ぼされてやる義理はない」
敵の敵は味方ということか。クレオンは剣を下ろした。
「納得してくれたと解釈していいのかな」
「回復次第、ジキルに身体を返せ」
疲弊しているとはいえ、いずれは戻るはずだ。ジキルのたくましさはクレオンもよく知っている。傷ついて落ち込むことはあっても、必ずもう一度立ち上がる。そういうジキルだからこそ、クレオンは惹かれた。
「もちろんだとも」ノエルは即答した「こんな醜い身体なんてこっちからお断りだ」




