(六)目覚めた王子様
「皆様はご無事なのでしょうか」
不安げな面持ちのレオノーレの案内で城内をひた歩く。迷路のような通路は、彼女の先導なくしてはとても進めないだろう。さすがは長年王家に仕えている侍従長だ。
「大丈夫だよ」
魔剣ノエルを腰に下げたジキルは、軽く言った。
「ルルは言うまでもない。ロイスだって、キリアンも一緒にいることだし」
やせ我慢などではない。魔導石こそ持っていないが、ロイスもまた魔族の血を引く者だ。普通の人間とは違う。彼にもまた隠された特性がある。
確信めいた口調で断言するジキルに、レオノーレは物言いたげな視線を寄越したが、沈黙を守った。
「こちらでございます」
地下室から一階へ。古めいた隠し扉を開いた先には、見覚えのある部屋が広がっていた。
石造りの、牢獄を彷彿とさせる質素な部屋。一つしかない窓からは王城が見える。調度品もほとんどなく、ベッドとテーブルとイスが置かれているだけだった。
そんな殺風景な部屋の中央に、氷に包まれた人物が眠っていた。
少女と見間違うほど端整な顔立ち。鋭い眼光を放つ目が閉ざされているので余計に人間味がなく、まるで精巧な人形のだった。
「クレオン」
魔剣を下げた状態で凍りついたクレオン=リム=レティス。凛と背筋を伸ばす様は一国の王子のようであり、それでいてわずかに首を下げる様は主君に忠誠を誓う騎士のようでもあった。
ジキルは魔剣ノエルを掲げた。魔導石が輝きを放つと同時に炎が現れる。蛇へと形作ったそれは、とぐろを巻くかのように氷の周囲を旋回。小さな亀裂が入ったのを皮切りに、連鎖的に氷がひび割れした。
耳をつんざく音と共に氷が破砕。閉じ込められていたクレオンの身体が崩れ落ちーーる寸前で、ジキルは抱きとめた。
「クレオン様っ」
慌てて駆け寄るレオノーレ。ジキルは自身の親指を噛んで滲み出た血を吸った。無作法はお互い様だ。深く考えずに口移しの要領で意識のないクレオンに血を飲ませた。
これでサマエル〈神の毒〉も解毒される。
クレオンの細い眉が僅かにしかめられた。鼻にかかったような小さなうめき声が、色の失った薄い唇から漏れる。
「ん……っ」
「クレオン、大丈夫か?」
ゆっくりと開いた瞼から、紫水晶のような瞳があらわになる。焦点の合わない目が、やがてジキルの顔を捉えて見開かれた。
「ジキ、ル……?」
「そうだよ」
安堵させるつもりでジキルはぎこちない笑みを浮かべた。
途端、クレオンは弾かれたようにジキルを押しのけた。ふらつきながらも自分の足で立ち、身構える。
「クレオン様?」
困惑するレオノーレの声も届いていないようだ。クレオンはひたすらにジキルを凝視した。まるで、得体の知れないものを見ているかのように。
「……誰だ」
震える唇から発せられたのは、呆然とした問いかけだった。
「は?」
ジキルはレオノーレと顔を見合わせた。
「誰って……ジキルだよ。ジキル=マクレティ」
「違う。貴様は、僕の知っているジキルじゃない」
クレオンは魔剣の切っ先をジキルに向けた。
「貴様は何者だ。ジキルはどこにいる」




