(十一)不遇の王女
クレオンにあてがわれた部屋はクレア王女の隣。彼女付きの近衛連隊長なのだから当然と言えば当然だが、同時に信頼の厚さも伺わせた。
部屋の造りはジキルの部屋と同じだった。暖炉にテーブルとイス一式。反対側には天蓋付きのベッド。違和感を覚えるとすれば、ここに数日は寝泊まりしているはずなのに、使用した形跡が全く見られないことだ。生活感がまるでない。いくら客室で毎日侍女達が清掃し整えているとはいえ、私物一つ置いていないのは奇妙だった。
「お前、クレア王女のことをどれだけ聞いている?」
クレオンは背もたれのある椅子に腰かけて、足を組んだ。どことなくクレア王女を彷彿とさせる尊大な態度だった。
「国王陛下の姪で、母君が、その……」
「反逆者として責め立てられ、挙句病に倒れた」クレオンは自嘲気味に笑った「それだけ知っていれば十分だな」
「でも、無実だったんだろ?」
「おそらくは」
クレオンは淡々と言った。
「犯行を立証する証拠はない。同様に無実と断ずる根拠もない。追及しようにも本人が既に亡くなっていてはどうしようもない。公式には『推定無罪』ということで片はついている」
ジキルは顔をしかめた。騒ぐだけ騒いでおいて、いざ当人が死んだら事なかれ主義。その変わり身の早さはいかがなものか。死んだ本人が一番納得できないだろう。無実だとすればなおさらだ。弁明することも名誉を回復することもできない。
「なんか微妙だな、それ」
クレオンは頷きもしなかった。個人的な感情を吐露しないのは、彼自身がそんな宮廷に在籍する貴族の一員だからか。
「微妙なのはクレア王女の立場だ。あるかどうかもわからない母親の罪で娘を裁くわけにもいかず、かといって野放しにすることもできない。仮にも先代国王の娘で、王位継承権第五位の王女だ。彼女は離宮に閉じ込められ、常に監視されている。王族でありながらも王城を自由に出歩くことさえ許されない」
「大袈裟だな。監視までする必要があるか?」
「問題は彼女が持つ王位継承権だ。本来ならば先代のアダム国王が崩御された後に王位を継ぐのは、クレア王女。先代国王派の連中が彼女を次の王に担ぎ上げるのを国王派は恐れている。だから隔離し、監視する。彼女が自由になれるのは、王位継承権を放棄して修道院にでも入った時だろうな」
それではまるで囚人ではないか。想像以上にクレア王女は過酷な状況で生きているらしい。両親を亡くして、頼れるはずの親類は全て敵。ジキルは想像もできなかった。
「そもそもオルブライトの生贄にクレア王女が選ばれたのも、厄介払いをしたい国王派の連中が推し進めたからだ」
強気でひねくれた性格はそうして形成されたのか。ジキルは合点がいった。同時に思う。あのクレア王女が大人しく修道女になることはないだろう、と。
「クレア王女の複雑なご事情と、カスターニ伯爵が俺を抹殺しようとするのと、どういう関係があるんだ」
「カスターニ伯爵は国王の信頼も厚く、国内でも有数の勢力を誇る貴族だ。お前の帰郷にクレア王女が同行できたのも、彼が監視役を担っているからだ」
クレオンは声を潜めた。
「これは内々の話だが、クレア王女はカスターニ伯爵と婚約する予定だった」




