(九)魔族の子
「馬鹿な!」
間髪入れず否定したのはギデオン王子だった。
「あの娘が魔女だとでも言うのか⁉︎ 仮にもリーファン王国の貴族たる者が!」
「ええ、そうよ。あんたは従姉妹に夢中で気づかなかっただろうけど、あいつは虎視眈々と王妃の座を狙っていたの。よかったわね、魔女に嫁入りされずに済んで」
ルルが予言を絡ませた嫌味を言えば、ギデオンは蒼白になった。
「そ、そんな、まさか……」
よほど衝撃的だったのだろう。ギデオンは額に手を当てたまま、ふらりとよろめいた。いつもだったらすぐさまギデオンを支えるであろうサディアスは立ち竦んでいた。何か声を掛けようとして口を開いたジキルだったが、結局何も言えずに閉ざした。ルルの時とは事情がまるで違う。サディアスにしてみれば愛する妹に裏切られたに等しい衝撃だろう。
ギデオンは唇を戦慄かせてひとりごちた。
「信じられない……たしかに、あやつは名前もわからない薬草で香草茶を淹れたり、クマのぬいぐるみに話し掛けたり、大量の藁人形を作ったり、古文書を読み漁ったりはしていたが、まさか、そんな」
「それで疑わないあんたのおつむが『まさか』だわ! 一体どこに怪しくないとこがあんのよ!」
げに恐るべきはギデオン王子の頭お花畑っぷりか。せめて貴族の令嬢が古文書を読んでいる時点で、何かがおかしいと思っていただきたかった。
「ええい黙れ無礼者!」
掴みかかってきたギデオンをルルは華麗な身のこなしでかわした。脚を引っ掛けてすっ転ばすことも忘れない。
「話が進まないからあんたは黙っていなさい」
一国の王太子に対してこの言い草。しかし異議を唱える者はいない。
「し、しかし、母上は魔女ではないぞ。由緒ある伯爵家の出だ」
「母親が魔女である必要がないのよ。まぞぐえっ」
ロイスに首根っこを引っ張られたルルが奇声をあげる。
「ちょっと何すんのよ!」
「あなたは少し口を閉じてください。今ここでその話をする必要はないでしょう」
ルルは鼻を鳴らしたが、大人しく口を噤んだ。母親が魔族に陵辱されたと知ればサディアスが卒倒しかねない。
「詳しい経緯はわからないけど、リリア嬢が魔女であることは間違いない。俺は彼女が魔法を使ったところを見た」
「僕も見たから間違いはないよ」
「信用できないでしょうけど一応言っておくわ。私もあいつが悪趣味な魔法を使うところは何度も見てるわ」
三人も証言者がいれば受け入れる他ない。サディアスは肩を落とした。呆然とした呟きがこぼれ落ちる。
「まさかリリアが……信じられない」
キリアンがジキルの耳で囁いた。
「『暁の魔女』とはつまり、魔族と人との間に生まれた『原初の魔女』のことだったんだね」
「そうみたいだな」
それぞれ父親(魔族)が違うので直接的な血のつながりはないが『魔族の子』という点においては兄弟姉妹とも言える。クリスはその膨大な魔力と操りやすさを利用した。
「だとすれば一つ不可解なことがある」
キリアンは指折り数えだした。
「エリシア王妃、クリス、そしてリリア。彼女達は生まれて間もなく魔族に目をつけられている。正確には、生まれる前から利用されるべくして操られてきたわけだが……どうしてクリスは、ルルと君には気づかなかったんだ?」
「俺の父、と言っていいのかはわからないけど、その魔族はクリスと相当仲が悪かったみたいだよ。だからなんじゃないかな」
「でもルルはまんまと利用された。それでもジキル、君のことにはクリスはつい最近まで気づかなかった」
キリアンは首をひねった。
「僕には隠そうとした意志を感じるんだがな」
「誰が? 何のために?」
キリアンは答えなかった。ただこちらの顔を見つめていた。




