(八)短気な末娘
何はともあれ、知りたいのは敵の状況だ。
王都は今、魔獣の襲撃に『魔界の扉』の出現、魔族による王城簒奪のトリプルアタックで混乱の最中ーーなどということは全くなかった。
「王都の民はこぞってあの……クリスとかいう剣士を誉めそやしているよ」
サディアスが浮かない顔で言う。ルルは眉をつり上げた。
「剣士?」
「身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回していた。それであっという間に王都の魔獣達を駆逐したんだ。話によれば魔狼の群れも一刀両断したとか」
「ああ、そういうこと」
ルルはギデオンを解放した。無造作に放り投げたと表現するべきだろう。魔法で身体強化を施していればこそできる芸当だ。
クリスも同じようなことをした、と考えられた。剣術の心得がなくとも超人的な身体能力があれば魔獣を屠るのも容易い。そもそも王都に魔獣を解き放ったのはクリスだ。
「とんだ自作自演じゃない。魔族が聞いて呆れるわ」
「魔女、ましてや魔族だとバレるのはまずいと思っているんだろうね」
キリアンがアララトに餌をやりながら呟いた。その隣に置物よろしくたたずむベラは、全く動こうとしない。飾りの鎧で押し通すつもりなのだろう。のどかな食堂にはそぐわない物々しい出で立ちのくせに。
「先の大戦で魔族側が撤退を余儀なくされたのは、人間の数の力によるものが大きい。その上、今はまだ『魔界の扉』が完全に開いてはいない。正面切って戦うのは無謀だと判断したんだろう」
秘密結社『暁の魔女』として暗躍していたのも、極力表舞台に立たなかったのも、正体と目的を悟らせないため。見上げた周到さだった。
「話の腰を折るようで悪いんだが」サディアスが遠慮がちに指摘した「君たちの口ぶりだと、なんだかクリスが、魔女だが魔族のように聞こえるんだが……」
「あいつは魔女で魔族よ」
ルルが容赦なく告げる。
「…………は?」
サディアスはもとより、ギデオンまでもがぽかんと口を開けた。意味を理解しかねている。理解することを脳が拒んでいるのだろう。
「ま、ぞく?」
「ええ」
「あの……魔族?」
「どういう魔族を指しているのかは知らないけど、たぶんあんたが考えている魔族で間違いないと思うわ」
「ほ、本当なのか」
サディアスがジキルに問いかける。縋るような眼差しを向けられたら、嘘の一つや二つくらいついても構わないような気がした。が、それでは今後に支障が出る。
「本当だよ」
「馬鹿も休み休み言え。魔族が我が国を救うはずがなかろう!」
ギデオンが吼える。ジキルは返答に窮した。リリアのことが頭をよぎったからだ。ギデオンがどんなに衝撃を受けようが信じまいがどうでもいいが、サディアスの立場と心情を思うと無造作に暴露することは、はばかられた。
「本当におめでたい方ね」
はてさてどう説明すればいいものか。迷っている間にルルが吐き捨てた。
「さっきも言ったじゃない。そもそも魔獣を王都に呼び寄せたのはクリス。あいつは『暁の魔女』の頭領で魔族よ。あんたの元婚約者もそれに加担してんの!」
元も子もないとは、まさにこのことだった。




