(六)親不孝な子どもたち
床の一部が隠し扉に。開けると床下収納と思しき空間に、両手で抱えられるほどの箱が一つ入っていた。
「母さんが残したの?」
「うん」
ジキルは黒塗りの箱を取り出し、床に置いた。『ジキル』の記憶にはこんな箱はない。レナがこの家を出る直前に隠したものだろうーーとくれば、かなり貴重なもの。期待は高まる。
はたして中には折りたたまれた分厚い紙があった。長い手紙かと思って広げれば、非常に乱雑かつ個性的な字で何かが綴られていた。
「……母さんだな」
「字、下手でしたものね」
レナは相当な悪筆だった。生まれが農家なので、そもそも何かを書くという習慣がなかった。紙とインク代も惜しむような貧乏生活を送っていたのも一員だろう。気がついた時には、自分の子どもよりも読み書きが苦手な親になっていた。
「日記は毎日僕に口述筆記させてましたし」
「俺もやらされたことある。内容口止めしてたよな。書いたら即忘れろとか言っていた」
「無茶ですよ、ほんと。だいたい、自分の母親の日記の内容を一体誰に言えばいいんです?」
「ねーそれよりもなんて書いてるの」
元より母親のプライベートなんぞには欠片も興味がないルルが急かす。
「もしかして禁断の魔法?」
目を輝かせる末の娘に果てしない不安を覚えたジキルは、一番安全なロイスに紙を渡した。
「解読頼む」
「了解です」
「私が読んだ方が早いわよ」
ルルの提案は黙殺。ロイスは口元に指を当てて、解読に努めた。待つことしばし。おもむろにロイスは顔を上げた。
「アップルパイの作り方ですね」
「は?」
ルルがいびつな笑みを浮かべた。冗談だと笑い飛ばそうとして失敗したようだ。
「アップルパイ?」
「ええ」
「リンゴのパイ?」
「それ以外のアップルパイがありますか」ロイスはにべもない「シナモン抜きのアップルパイですね。あとニンジンケーキに、カボチャのグラタン……クルミのパウンドケーキ」
全てレナの得意料理だ。ルルは数回頷いた。
「なるほど。つまりその暗号を解読すれば禁断の古代魔法が手に入るわけね」
「「いや、それはないと思う」」
「……炙り出しで伝説の魔剣の在り処が」
「ルル、現実を見ろ。これは母さんの得意料理のレシピだ」
諦めの悪いルルを、ジキルは憐憫を込めて諭す。
「冗談でしょう!?」
ルルは悲鳴に近い声を上げた。
「アップルパイで倒せるのはキリアンくらいじゃない。それでどうやってあいつら倒すっていうのよ」
「ま、まあ……たしかにそうだが」
食べるためのアップルパイを攻撃に使われてはレナもたまったものではないだろうが。言葉を濁したジキルに、ロイスは首を傾げた。
「兄さんーー」
「ジキル、君にお客様だよ」
食堂からキリアンが顔を出した。何事かを言いかけていたロイスは慌てて口をつぐんだ。
「誰?」
「サディアスとそのご友人様」
キリアンは苦笑いした。
「結構元気なお方だね」




