(十二)貫かれる魔女
キリアンが投擲用の短剣を放つ。次いでジキルの師匠が駆け出しがてら炎の玉を生成し、クリスへと叩き込む。
「無駄だよ」
炎の玉は軌道を変えて『魔界の扉』に吸収され、短剣はクリスの手によって無造作に払い落とされる。その隙にジキルはクリスとの間合いを一気に詰めた。手に武器はない。握りこぶしを振りかぶる様を見て、クレオンは愕然とした。殴るつもりだ。自分と戦った時と同様に。
「野蛮だね」
クリスが腕を伸ばして手刀を放つ。子どもをあしらうかのように簡単に弾かれ、ジキルの身体は床を転がった。すぐさま立ち上がり、再びクリスに突撃した。
自棄になったのか。無謀な突撃をするジキル。その背中から黒い影が飛び出したーー全身鎧だ。驚異的な身体能力で、ジキルの師匠はクリスに飛びかかった。
正面からジキル。頭上からは全身鎧。クリスに避けるすべはない。
「真面目にやっているのかな」
クリスは不快げに呟いた。緩やかに、優美とさえ思える動作で片脚を横に振った。回し蹴り。およそ華奢な女性の身体からは想像もつかない力で、ジキルの師匠が蹴り飛ばされる。けたたましい音を立てて、全身鎧はキリアンの足元まで転がった。
それだけで終わるクリスではない。突進するジキルに抜き放った剣を振るーーおうとした肩に、キリアンの矢が刺さる。瞬時に爆発。数歩たたらを踏んだクリスに、ジキルは短剣の刃を閃かせて激突した。
「……か、はっ」
手にしていた短剣が硬質な音と共に床に落ちた。ジキルが小さく呻いた。クリスの手にしていた剣が彼女を身体を貫いていた。
「ジキル!」
腹から背中に掛けて白刃の刃が突き抜けている。明らかな致命傷。
「クリス、貴様」
何故、と問うクレオンの声をルルの狂乱が掻き消した。金色の瞳をこれ以上ないほど見開き、意味を成さない悲鳴を上げる。
「さようなら、我が同胞の器」
クリスが剣を引き抜き、感慨もなく言った。
胃の奥から大量の血が迫り上がる。崩れ落ちそうになる身体を、ジキルは目の前にあるクリスの肩を掴むことで辛うじて支えた。それもクリスが軽く押せば倒れてしまうほど弱々しい。
ジキルは大きく息を吸い込んだ。口の中に溜まった血を息と共に、澄ましたクリスの顔に噴き出した。サマエル〈神の毒〉と呼ばれる猛毒を浴びたクリスは、汚いものを払うかのようにジキルの身体を投げ飛ばした。
「兄さん!」
ルルが投げ出されたジキルの元に駆け寄る。思わず縋ろうとしたルルを師匠が制止した。こちらは鎧なだけに頑丈なようだ。
『とにかく傷を』
師匠の言いつけに従い、ルルはジキルの腹の上に手をかざした。その手から発せられた淡い光が傷口を包み込む。傷を癒す魔法も体得していたようだ。が、いかな魔法とはいえサマエルの猛毒を解毒することはできないはず。
「何故、サマエルの毒が効かない?」
「さすがに教えるわけにはいかないね」
クリスは頰についた血を拭った。




