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  (五)破滅の王子

みたびクレオンの回想

「気高くありなさい」

 記憶に残る唯一の母は、クレオンにそう言い聞かせた。実に滑稽なことだが、エリシアは幽閉されてもなお王族の誇りを第一としていた。かつて大陸全土を我がものにせんと侵略した『魔神』を打ち倒した英雄の末裔。リーファン王国王子としての矜持を、クレオンに何度も説いた。何度も何度も、執拗に、必死に。あたかも王族であることが唯一の拠り所であるかのように。

「どんなことがあっても動揺してはなりません。誰にも心を許さず、常に冷静でありなさい」

 あなたは一国を統べる王の血族なのですから。

「レティス王家の誇りを常に胸に抱きなさい。民を、この国を、世界を護るために王はあるのです」

 それだけか存在意義。執念はやがて呪いになって、クレオンを侵した。

「護りなさい、命と引き換えにしてでも」




「ずいぶんと勝手なことを言う親だ」

 いつの間にか自分のそばに近寄っていたモノが、耳元で囁いた。

「……勝手?」

「国にあだなすくらいならば死ねと。愛する我が子に向かってよくもそんな酷い台詞を吐けるものだ。自慢にもならないが我が子を殺す魔族はいても、自ら死を選ばせる魔族はいないね。人間くらいだよ、そこまで傲慢でおぞましい真似ができるのは」

 同情的な素振りを見せながらも、クレオンがより傷つくように言葉を選んで吐く。秘められた悪意をクレオンは的確に嗅ぎ取った。味方を装い近づいてきたのにも必ず訳があるに違いない。

 案の定、その魔族はクレオンに取引を持ちかけた。母を奪い、妹を殺し、十年以上クレオンを幽閉し続けておきながら、我関せずとばかりに栄華を極める王族どもへの復讐を餌に。

「王座を得たとしても、君臨するのは『僕』ではない」

「暗殺されるのを待つ身じゃないか」

 魔族は嘲笑った。

 腹立たしいがその通りだった。娘ならばまだしも先代国王の息子など、外交の切り札にもなりはしない。玉座を脅かす脅威になるだけだ。

「どうせ殺されるのならば一矢報いてはどうだい? 君だってこのまま大人しく犬死にするのは本意ではないはずだ」

 魔族が手を差し出して誘う。魂胆を隠そうともしない。

 エリシア王妃、クレア王女ーー魔導石を抱くはずの『器』がことごとく死んだ。残すはクレオン=リム=レティスのみだが、肝心の魔導石を抱いていない。だから今から年月をかけて『慣らして』いかなくてはならないのだ。

 クレオンは冷笑した。『魔神』を倒した英雄の子孫が、『魔神』再臨の鍵を握っているこの状況が、おかしくてたまらなかった。

 世界を救った英雄の末裔としての誇りを、とエリシアは説いた。だがその母も無残に命の灯火を消した。矜持も誇りも、自分を救ってはくれないのだ。

「君には死ぬ前にやるべきことがある。犠牲がなくては存続できない悪しき王国に、引導を渡してやろうじゃないか」

 差し出された手が導く先に待つのは死。破滅と知りつつもクレオンはその手を取った。

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