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  (十二)再び求婚する婚約者

 クレオンは失笑した。王国屈指の剣士相手に無謀だとはジキルも理解していた。しかし勝算はある。

「まさか、僕に素手で挑むのか」

「素手同士じゃ勝負にならないからね。俺、これでも喧嘩では負け知らずだよ」

 何せリーファン王国最強の魔獣を倒したのだから。ジキルは低く腰を落とした。本気を見て取ったのかクレオンは笑みを消した。

「馬鹿は死なないと治らないらしいな」

 ジキルは駆け出した。喧嘩には開始の合図もない。懐から取り出しておいた閃光弾を叩きつける。

「ぐわあぁあああっ!」

 背後で野太い悲鳴。もろに光を浴びてしまったギデオン王子の声だろう。目を閉じたままジキルは走る。

「そんな見え透いた手に、僕が引っかかるとでも?」

 光が収まった時、既にクレオンは剣を振りかぶっていた。見開かれた目は的確にジキルを捉えている。閃光弾を使うことを予測して目を閉じていたのだろう。とっさにジキルは握っていたものを広げた。

 クレオンの魔剣が横薙ぎに斬り裂くーー使用人の服を。つい先ほどまでジキルが着ていたものだ。閃光で眩ませて隠したかったのは、こっちの方だった。

 クレオンが舌打ちした。

 勝算があるとすれば一発逆転。一瞬の隙をジキルは見逃さなかった。拳を突き出す。身を捻って躱したクレオンは、再び魔剣を振るう。鋭い一撃だった。避けられない。反射的にジキルは足蹴りを放った。

「なっーー」

 甲高い音を立てて剣と足が弾かれた。衝撃で電流のような痺れが足と、そしておそらくクレオンの剣を持つ手に駆け巡る。まさか靴の底に鉄板を仕込んでいたとは、クレオンも思わなかったようだ。それが致命的。

「この浮気者がぁああっ!!」

 驚愕に目を見開くクレオンの顔に、ジキルは渾身の平手をお見舞いした。拳でなくなったのは、間近で見た彼の顔があまりにも端整だったからだ。

 盛大な音を立てて頰が張られる。

「いい加減にしろよ! こっちが明るい幸せ家族計画立てている間もじとじとじとじと……雨漏りかお前は!」

 力を入れ過ぎたせいで、はたいたジキルの手もじんじんと熱を持つ。

 わずかな応酬でジキルの息は完全にあがっていた。目眩も酷くなり、頭が揺さぶられているような気さえする。身体全体がとにかく熱かった。そのくせ背中には冷や汗が流れ、氷を差し入れたかのように冷たかった。

 魔石の効果が切れてしまっている。もう時間は残されていない。ジキルは気力を振り絞って訴えた。

「王太子に求婚されたからなんだ。僕には将来を誓い合った下賤で野暮な食い意地の張った馬鹿な平民がいますぐらい言って断れよ!」

「ば、馬鹿か貴様は! 王家への反逆罪だぞっ」

「反逆罪? 上等だよ」

 ジキルは乱暴に言い放った。

「ルルとロイスを連れて、この国から出て行ってやる。正直、ロイスの食堂と母さんの魔導書と作りかけの氷室は惜しいがこの際仕方ない。手の届かない処まで逃げ切ったら、この国に向かって思いつく限りの罵詈雑言を浴びせてやる」

 ジキルは重く感じる腕を上げた。クレオンに向かって再び手を差し出した。殴るためでも叩くためでもない、つなぐために。

「俺は魔導石も故郷も称号も金も、全部捨てるよ。だから、お前も全部捨てろ。大切なものだけ持って、二人でいこう」

 クレオンは信じられないものを見るかのように呆然としていた。抜き身の魔剣は力なく下がっている。

「お前、」

「俺はお前に、プロポーズした。その返事を、まだ聞いて、いない」

 足が震えた。ともすれば崩れ落ちそうになるのをジキルは必死に堪えた。あと少しでいいから。約束を果たすまで。どうか。

 クレオンは「戻ってこい」と言った。それまでに結婚のことを考えてくれるとも。自分は「必ず戻る」と約束した。

(俺は、約束を果たしたよ)

 今度はクレオンが約束を果たす番だ。

 紫水晶を彷彿とさせる目に浮かぶのは困惑。掠れた声でクレオンは囁いた。

「……僕、は」

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