(十)これでも元婚約者
誠意溢れる説得でギデオンを静かにさせてから、ジキルは一つ息をついた。頭に鈍痛、指先に痺れ、全身には倦怠感。よくない兆候だ。はてさて、あとどれくらい魔石はもつのだろう。
(ルル達が間に合うといいけど)
すぐに追いかけた方が得策なのはわかっている。一刻も早く魔導石を取り返さなくてはならないことも。それでもジキルはクレオンをひたと見据えた。
「まだ僕に何か?」
クレオンは蔑むように目を細めた。出会ったばかりの頃を彷彿とさせる態度に、ジキルの口元から笑みが零れる。鍛冶屋で決闘を申し込まれた。晩餐会の食事に毒を盛られた。魔獣に襲われた時、正体を明かしてまで助けてくれた。パーセンまで一緒に行ってくれた。
仮に、この半年でクレオンが何一つ変わっていなかったとしても、自分は違う。
(俺は変わった)
クレオンに出会って、一緒に過ごして、多くを学んだ。策謀を巡らせる連中は好きになれない。しかし清濁併せ呑むことも必要なのだと知った。
ジキルは、無理やり引きずってでもルルを連れ戻せばいいと考えていた。ルル本人の意思は関係ない。復讐に燃える心をおさえ込んで、何も知らなかった頃に戻ればいいと。
でも、それは誤りだった。
ルルにはルルの意思と下した決断がある。たとえそれが間違ったものだとしても、頭ごなしに否定することはできない。目をつぶって耳を塞いでも変わらない。向き合わなければ、いつまでも解決はしない。
それを教えてくれたのはクレオンだった。
「話がある」
「僕はお前と話すことなどない」
「でも俺にはあるんだよ」
このやりとりにも既視感。ジキルはナイフをしまった。
「俺は、お前が王座を得るためだけに『暁の魔女』と手を組んだとはどうしても考えられない。何か他の、お前にとって大切な理由があるんじゃないのか」
「大切なもの?」クレオンはせせら笑った「僕には失うものなどない。最初から何一つ持ってはいないのだからな」
鋭い視線の先には、柱に括りつけられたギデオン王子。
「リーファン王国とレティス王家存続のため。大義名分の元、こいつらは僕から何もかも奪ったんだ」
クレオンの眼差しに耐えきれなくなったのか、ギデオンが顔を伏せた。バツの悪いーー思い当たる節がある表情だった。
「……どういう、ことだ」
ジキルは目を白黒させた。




