(八)邪魔する元婚約者
ルル達が戦闘を開始した頃ーー王太子ギデオン=リム=レティスは自室で待機していた。
王都で魔獣が暴れているという報告を受けて、国王から命じられたことだった。ギデオンのみならず王族は全員、厳重な警備体制の元で自室にいる。その点については、ギデオンに異論はなかった。この国を統べるレティス王家の者が、穢らわしい魔獣風情に襲われるなどということがあってはならない。自由に出歩けないのは不便ではあるが、この待遇は至極当然のものだ。
問題は一つだけ。
(クレアは無事なのか)
婚約者同士なのだから同じ部屋で待機させれば良いものを、どういうわけか離されてしまった。近衛兵にクレアの様子を訊ねるも、知らないとの返答。調べさせようにも警護対象である自分を置いて行くわけにもいかないとかで動こうとはしない。その忠誠心は見上げたものだが気が利かないのは困りものだ。
(やはりサディアスがいないと駄目だな)
妹のリリアは気に食わなかったが、兄のサディアスは歳が近いこともあって気に入っていた。リリアとの婚約が解消されても、サディアスには引き続き近衛連隊長を務めさせてやろうと考える程度には。
この騒ぎが収まったら、サディアスに使いを出そうとギデオンが決意したその時、侍従長が遠慮がちに申し出る。
「クレア王女付きの侍女が御目通りを」
「通せ」
入室を許されたレオノーレは伴った侍女共々、深く一礼した。
「拝謁叶いまして、恐悦至極にございます。火急の用事故、何卒ご容赦をお願い申し上げます」
「構わん。クレアから何か言われたのか?」
「さようでございます」
レオノーレは周囲に控えている侍女や近衛兵達に視線を巡らせた。
「誠に恐れ入りますが、内密なお話ですのでーー」
皆まで言うまでもなかった。ギデオンはすぐさま近衛兵達と侍女を下がらせた。侍従長は渋ったが、強引に押し通す。二人きりになった所で、改めて向き直る。
「それで、話とはなんだ」
ギデオンはレオノーレに歩み寄った。刹那、視界が反転。レオノーレの姿が消え、代わりに天井から下がる照明が目に飛び込む。足が滑ったーーいや、転ばされたのだとギデオンは遅まきながら理解した。
「なにを」
慌てて起き上がろうとしたギデオンはしかし、再び床に背をつく羽目に陥る。自分の上に馬乗りなった人物が、押し付けたのだ。
「お久しぶりです、殿下」
ギデオンを片手で抑えた侍女がにんまりと笑った。
「王太子様におかれましてはご機嫌麗しゅうご様子で、何よりです」
「お、お前はっ!」
ギデオンは口を戦慄かせた。路傍の石同然の下賤な民とはいえ、この顔だけは覚えている。忘れるはずがなかった。自分とクレアの間を邪魔する憎き仇だ。わずらわしい虫だ。
ジキル=マクレティはギデオンの胸ぐらを掴んだ。
「他人の婚約者を奪うなんていい度胸してるじゃないか。感心したよ」
目が笑っていない。おまけに締め上げる力が半端なく強い。『魔獣狩り』なんて名ばかりのひ弱な男だと思っていたのに、どこにそんな力があったのか。
「さて、一体何がどうなったらクレアがお前と婚約することになるのか、教えてもらおうか」
ギデオンは押し潰したような奇妙な声をあげた。




