十五章(一)無価値な王女
クレオンの回想
ソリ=オルブライトには手を出すな。
クリスの執拗な忠告に、クレオンは眉を寄せた。
相手は長年リーファン王国の脅威となっている竜なのだから、一筋縄ではいかないのはわかっている。が、あまりにも及び腰のような気がした。
「君の持つ魔導石は強力だが、それでも敵わない恐れがある」
「お前でもか?」
皮肉を乗せて返せば、クリスは「ああ」とあっさり肯定した。
「仮に倒せたとしても大きな問題が残る。オルブライトは毒を持っている。吐く息は無論のこと、血をわずかに浴びただけでも人間なぞ死に至らしめる猛毒だ」
「凍らせれば」
「民家一軒よりも大きな竜をかい? 勇気と無謀は別物さ」
『暁の魔女』の目的は「最強」でも「支配」でもない。オルブライトの魔導石さえあればいいのだから正面きって無理に戦うことはないのだ。
「クレア=リム=レティスは死んだことにすればいい。大役を全うして、オルブライトの生贄になった、とね」
身代わりはこちらで用意するとクリスは言った。
しばらく身を隠して、時が熟したら、正統なる王位継承者として名乗り出ればいい。殺されたはずの王女が生きていたとなれば民意は間違いなく揺らぐ。上手くいけば、現国王とその家族は王位継承者を陥れた反逆者として糾弾できるだろう。
仮にそこまでできなくとも、リリアが王家の一員となれば内から宮廷を乗っ取ることもできるだろう。何しろ未来の王太子妃だ。
オルブライトに挑む必要はなかった。それだけの理由もない。
「勝っても負けても自分が死ぬかもしない危険な魔獣相手に、命を懸けて立ち向かう勇者なんて、この世界にはいないんだよ」




