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  (八)姉想いの妹

個人的な事情により本日も更新いたします。

 誰かに呼ばれたような気がして、キリアンは振り向いた。年代物のワインやウイスキーが並べられた棚があるだけで、誰もいなかった。部屋にいるのはキリアン一人だった。

 キリアンは窓から外を伺った。晴天も相まって城の裏手にある山とその先に広がる海はなかなかの絶景だった。ジキルがここにいたのなら歓声をあげたかもしれない。

 それはさておき、キリアンがクレア王女の元婚約者として客室に通されてから数刻。そろそろジキルが城を脱出してもいい頃だろう。にもかかわらず、全く連絡がない。サディアスはおろか、突如として現れた自称元婚約者の真偽を確かめるべき大臣も一向に現れない。

(静か過ぎるのも気になる)

 やはり動き出すべきだろう。なんとなく嫌な予感もする。キリアンは腰に下げた魔剣ノエルの柄を撫でた。万全を期すために預かったが、失策だったかもしれない。

「あら、どこに行くのかしら?」

 キリアンはドアノブに掛けた手を下ろした。

「相変わらず君は忍び込むのが上手だね」

 いつの間に侵入したのか。ルルは窓枠に腰掛けていた。

「隠れんぼで君を見つけられた試しがない」

「猟師のくせに探すのが下手なのよ」

「でもジキルはいつも君を見つけてた」

 ルルは口を閉ざした。無言でキリアンを睨みつける。

「ジキルがとんでもなく見つけるのが得意だったのかな。僕のことは日が暮れても見つけてくれなったけど」

 家出をする時もそうだ。ルルはすぐわかる場所に逃げ込んでいた。だからジキルはいつも彼女を連れ戻すことができたのだ。

 幼い頃は身体が弱く、よく寝込んでいたジキルのそばにはいつも生意気なルルがいた。

「過去のことよ」

「違うね」キリアンはかぶりを振った「君が過去にしたがっているだけだ」

 ルルはそっぽを向いた。痛いところを突かれた時の彼女の癖だ。そう教えてくれたのはジキルだった。

 やさしい子なんだ。

 苦笑を滲ませながら言うジキルは、どこか寂しげでもあった。誰よりも妹のことを理解しているからこそ、自分では止められないことを知っている。自分の無力さを知っている。

「ジキルには絶対言わないと約束する。だから僕にだけ教えてくれないか」

「意味がわからないわ。なんでそこで兄さんが出てくるのよ」

「君が『暁の魔女』に入ったのは、ジキルのためなんだろ?」

 ルルは答えなかった。間違っていたのなら即座に「馬鹿じゃないの」と罵倒する彼女が、だ。それが何よりも雄弁な返答だった。

「もちろん、レナさんの復讐もあっただろう。でもそれだけじゃない。君はジキルのためにあえてあのクリス達と行動を共にしている。だからジキルにもロイスにも何も言わない。知られたら二人は絶対に止めるとわかっているからだ」

「キリアン」唐突にルルは口を開いた「あんた、兄さんのことが好きなのよね」

 この場にそぐわない質問だった。しかしキリアンは正直に答えた。ルルの気迫が、誤魔化すことを許さなかった。

「好きだよ」

「私よりも?」

 一番訊きたかったのはこのことなのだろう。難しい質問だった。ジキルは家族を愛している。その大切な妹に向かって酷いことを言えば、ジキルはキリアンを許さないだろう。でも、ジキルと同じ金色の瞳を前にして、嘘はつけなかった。

「……うん」

 この場にジキルがいないことがキリアンを大胆にさせた。

「君とジキルが溺れていたら、僕はジキルを助けて君を見捨てる」

 そう、とルルは呟いて、嘆息した。ほんの少しの寂寞と安堵を滲ませて。

「キリアン、オルブライトの魔導石を渡して」

 ルルは右手を差し出した。

「そして兄さんを連れて、今すぐこの国を出て行って」


本日は『清くも正しくも美しくもない』もこの後更新いたします。

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