(六)騎士に似ているお姫様
レオノーレに案内されたのは大広間だった。ジキルが入室するなり、長方形のテーブルを囲んで座っていた人達が一斉に立ち上がる。それぞれ高級な礼服を身に纏った貴族――それも男で歳も三、四十を過ぎている者達だ。
座ったままなのは中央のクレア王女ただ一人。手にしていたワイングラスを置いて、手でジキルを示した。
「皆に紹介します」
「ジキル=マクレティと申します。以後お見知りおきを」
そして一礼。短い挨拶だった。曽祖父から代々語り継がれている武勇伝でもあれば披露するのだが、あいにくジキルは祖父の名すら知らなかった。
「殿下、この者は……」
「わたくしの命の恩人です。平民ではございますが、今夜は特別にお招きしました」
命を救った礼が、堅苦しい晩餐会の強制参加では割に合わない。だからといって一国の王女を寄こされても困るだけだが。複雑な思いを抱えてジキルは席に着くこととなった。クレア王女の右手に、だ。上座を許されるとはなんて光栄な。ありがたくて窮屈でジキルは早々に帰りたくなった。
すぐさま給仕の者がジキルの前に前菜や上質なワインを揃える。つい「いただきます」と言いそうになるのを堪えて、とりあえずワインを一口。味がわからなった。原因は間違いなくこの雰囲気だ。息が詰まる。
どう前向きに解釈しても、みんなで仲良く食事をするような雰囲気ではなかった。飛び入り参加者に貴族の面々は怪訝そうな顔をする。さらに値踏みするようにこちらをじろじろと見るものだからどうも落ち着かない。
ジキルは居心地の悪さを誤魔化すように前菜を口に運んだ。新鮮な野菜を噛んだ途端、形容し難いえぐみが口の中に広がった。
「どうかなさいまして?」
「いえ」言いかけて、ジキルは不意に思い立った「レオノーレ侍従長を呼んでいただきたいのですが」
「彼女が何か?」
「先ほど伝えそびれてしまったことがございまして」
とは言ったものの、この場で言うことでもない。やはり自分が出向いた方が良いか。考え直して、ジキルは膝掛けを椅子に置いた。
「申し訳ございませんが、少し席を外させていただきます」
「今、か?」
異議を唱えたのは比較的若い貴族だった。とはいえ、三十代も半ばだろうが。クレア王女の左に座っているところからして、この場で一番地位の高い貴族なのだろう。
「内輪とはいえ晩餐の最中だぞ」
「無礼は承知しておりますが、なにぶん急ぐことですので」
「なるほど。クレア様のお呼ばれに預かった晩餐会を中座するとは、よほど重要なこととお見受けする」
貴族という生き物は嫌味を言うことが社交辞令なのか。ジキルは苦笑を禁じ得ない。
「カスターニ伯爵、好きにさせなさい」
「しかしクレア様、」
「良いのです。すぐに戻るのでしょう?」
クレアは気にも留めていないようだった。
「もちろんでございます」
「では、先に用を済ませなさいな」
まあ寛大な。ジキルが礼を述べる前に、素っ気なく前菜に視線を戻すクレア王女。ジキルが退室しようがどこへ行こうが、興味がないのがありありとわかる。が、無関心の為せる技だろうと、許可は許可だ。
「ありがとうございます」
「しまりのない顔をするのはおやめなさい」
取りつく島もなく、クレア王女は言った。やはり血縁だ。こんなところまでクレオンに似ている。無礼だとはわかっていたが、ジキルは軽くクレア王女を睨んだ。が、当の本人は素知らぬ顔でワイングラスを手に取っている。
(……あれ?)
ジキルは目を瞬いた。クレア王女の右手。ほっそりとした指の一つ――右の人差し指の一部分が赤くなっていたのだ。肌の色が白いクレア王女だからこそ目立つのだろう。ほんの少し火傷をしたような痕だった。
「他に何か?」
「い、いいえ、失礼致します」
我に返ったジキルは一礼して退室した。