十四章(一)殺された妹
「はじめまして。クレオン=リム=レティス殿下」
クリスが恭しくこうべを垂れる。芝居掛かった大げさな礼はともすれば嘲っているようにも見えた。
「何故、僕のことを知っている」
「人の口に戸は立てられますまい。あの予言ゆえに生まれなかったことにされた不遇の王子。そして」
クリスの口が弧を描いた。
「母が魔女だったがゆえに殺された悲劇の王女」
クレオンは弾かれたように顔を上げた。
馬鹿な。知っているものは全て消したはず。当の本人である母エリシアも病で身罷った今、真実を知る者はクレオン一人のはずだ。
「何故、それを」
「蛇の道は蛇と申しますから」
「答えろ!」
クレオンは腰から剣を抜きはなった。切っ先を喉元に突きつけられてもクリスはまるで動じない。むしろ自分の優位さを示すかのように、その笑みはますます深くなる。
「なに、簡単な推理ですよ。証拠なんてどこにもございません」
当然だ。そうするように母は徹底させた。クレオンをクレアに仕立て上げ、本物のクレアを葬り去った。
「あの予言『魔女の嫁入り』について私なりに色々調べたのです。星導師カサンドラの予言は必ず成就する。しかし誰に嫁入りするかについては言及していない。さらに占星術を依頼したのは生まれたばかりの王子の体質を危惧してのことだと聞いております。仮に王子が魔女を嫁として迎え入れる運命にあるとしても、それは王子の虚弱体質とは関係ない。ということは『魔女の嫁入り』は王子の体質と関係ある人物のことを指し示すのではないかと考えたわけです」
だから母親のエリシア王妃が疑われた。生家であるリルバーン家を一通り調べられた。が、魔女との繋がりは一切出てこなかった。
しかし、実際のところエリシア王妃は魔女だった。
よって彼女が生んだ娘のクレアもまた魔導石を持つ魔女。クレアから自分が魔女であることが明るみになることを恐れたエリシアは、クレアを殺しクレオンにその身代わりをさせたのだ。
「さて、ここで問題になるのは、何故魔女とは接点がなかったリルバーン家から突如として魔女が生まれたのか、ということ。突然変異も考えられなくはないが、あまりにも出来過ぎている。ここは仕組まれたと考えた方がいい」
クレオンは剣を持ったまま動けなかった。それがクリスの作戦であることがわかっていても動揺を隠しきれなかった。
唐突にクリスは訊ねた。
「魔神は何故敗れたのか知っているかい?」
答えられないクレオンに、まるで幼い子に教えるように優しく、丹念に、そして執拗にクリスは説明した。
「魔界の扉が破壊されたからだ。魔神に限らず魔界に生きとし生けるもの――魔族は、魔界の扉なくしてはこちらの世界には来れない。そう、魔族はね」
クリスの言わんとしていることをクレオンは正確に理解した。
魔族はこの世界に行けない。ならば、人間を魔界に引きずり込めばいい。
エリシアの母は娘を生んですぐに息を引き取ったという。今ならその理由がわかる。人ならざるものと交わり、子を産んだからだ。身体が、そして精神が耐えられなかったのだ。
「君の母君は人と魔族の間に生まれた混血児――『原初の魔女』だ」
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