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  (五)傲岸不遜な王女様

 クレオンから借りた礼服を身にまとい、腰には鍛え直した魔剣ノエル。いつもの尻尾髪も丁寧に結い直して意気揚々と屋敷を訪れたジキルを迎えたのは、やや厳重過ぎる警護態勢と、クレア王女の醒めた一瞥だった。

「遅い」

 開口一番にクレア王女は言い放った。

 声こそ高いがその言い方はクレオンを彷彿とさせる。場違いにも血縁関係なのだとジキルはしみじみ思った。余計なところまで似ている。

 三日ぶりにお姿を拝見したクレア王女は慣れない環境で体調を崩していたとは思えないほど嫌味全開だった。首には黒革のチョーカー。本日のお召し物は瞳と同じ紫色のドレス。リボンやフリルは少ない一見地味なドレスはしかし、クレア王女の白い肌と華奢な身体を際立たせていた。その髪は、技巧と贅沢の限りを尽くして一つにまとめられていた。黒髪の至る所に編み込まれている小さな宝石は、さながら夜空に散りばめられた星のようでもあった。

「お約束は六時ではございませんでしたか?」

 それとも自分が間違えたのだろうか。ジキルは置き時計に目をやった。六時五分前。ここに通されるまでに思いのほか時間が掛かってしまったとはいえ、責められるほどの時間でもなかった。

「ええ、確かに六時にお越し下さるよう、言伝を頼みました」澄ました顔でクレア王女は続けた「しかし、お招きした以上、わたくしが待っていることは貴方とて予想し得たはずです。わたくしを待たせないよう、早めに来るのが道理ではなくて?」

 道理じゃねえよ。王女相手にジキルは毒づきそうになった。

 なんだこの無茶な理屈は。太陽も月も自分を中心に回っているとでも言いたいのか。つい昼間に抱いたクレア王女に対する同情の念は跡形もなく消え去っていた。もはや境遇うんぬんの問題ではない。この王女サマは根っからの王族で、おまけにひねくれているのだ。

「も、申し訳ございません」

「以後、お気をつけなさい」

 次があればな。喉元から出かかった言葉をジキルは辛うじて飲み込んだ。次がないことを全力で願った。

「お客様を待たせていますので、わたくしは先に参ります」

 ジキルの返答を待たずしてさっさとクレア王女は侍女を引きつれて退室した。たぶん、いや絶対に、ジキルが何を思うがどうでもいいのだろう。ジキルにとってそうであるように、クレア王女にとっても今回の婚姻話は突如わいて出た面倒事なのだ。

 取り残されたジキルに絶妙なタイミングで気遣いを見せたのは、レオノーレ侍従長だった。

「お気を悪くなさらないでくださいませ。クレア様は他人を遠ざける性癖がございますゆえ」

 だとすればその目論見は成功している。あんな態度を取っていたら誰も寄り付かなくなるだろう。ジキルは思わず「お疲れ様です」と同情を込めて侍従長を労った。聞けば、侍従長はエリシア王妃の頃からずっと仕えているらしい。その忍耐力には感服する。

 主人に対する侮辱とも取られかねない発言にしかし、侍従長は気分を害した素振りもなく優雅に微笑んだ。

「あ、これ……弟よりクレア様にと預かっております。どうかお納めください」

 ジキルは包みを侍従長に手渡した。本当はクレア王女に直接渡すつもりだったのだが、機会を逸した。仮に渡したとしても喜ばないだろう。たかが路傍の石からの手土産など。

「ご丁寧に恐縮ですわ。まあ、いい香りですこと」

 レムラ特産の香草茶。栄養価と豊潤な香りで評判は高く、ファラレン王国では王室御用達だとか。なかでもロイスが用意したのは、土から水まで厳選を重ねて育てた最高級品。付け合わせのクッキー袋やミルクの小瓶に『にくきゅう』のラベルをさりげなく貼っておくことといい、抜かりはなかった。


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