【番外編】負傷もまた恋のひとつ
PON酢様リクエスト
『ジキルが女の子だった時の平穏な日常』
自慢にもならないが、ベラは罵倒された経験が豊富にあった。
まず、生まれ落ちた瞬間に母は悲鳴をあげた。ベラが、魔女だったからだ。
絶対に魔女であることを明かしてはならないと厳命された。魔法はもちろん、ほんの僅かでも魔力を身体から外に出せば母に折檻された。悪魔の忌み子、穢らわしいと蔑まれながら何度も叩かれた。母に罵倒されるのが嫌でベラは必死で普通の女を装った。
そんな努力も虚しく、次に父が母もろともベラを罵り家から追い出した。ベラが魔女だとバレたからだ。
一緒に村を出たはずの母はしかし、気づいた時にはどこにもいなかった。ベラはひとりになった。
ひと昔前ならば魔女と発覚した時点で殺されていた。火刑にされないだけマシだったと今なら思える。しかし、当時の幼いベラは絶望した。自分が魔女であることに絶望した。
一生、誰にも愛されず、忌み嫌われるのだと悟った。それでも死ぬのは怖かった。誰にも望まれない命であるのに、どうしても捨て去ることができなかった。
ベラは魔法の修行をして、薬草について学んだ。それからは町を転々とした。魔女だと知った途端に、町の人は手のひらを返したようにベラを罵倒した。石を投げつけ、追い出した。
そうして生きるうちに、ベラは罵倒にも慣れきってしまった。一ヶ所にはとどまらない。魔女だとバレた時点でさっさと立ち去る。世界は広いのだから町はいくらでもある。
罵倒され続けた人生の中で、ベラは学んだ。最初から期待しなければ裏切られることもない、と。
そんな風に生きてきたベラだから、今のこの状況は完全に想定外だった。
「申し訳ございませんでした」
地面に手をついて深々と頭を下げる女性。田舎娘にしては綺麗な金髪を、後ろで無造作に一纏めにしている。
その隣に立つ子どももまた、母親譲りの美しい髪と同色の瞳を持っていた。歳はおそらく五つかそこら。大きいがつり気味の目は勝気な印象を与えた。跪いて詫びる母親を、その子どもは不満顔で見ていた。
「顔を上げてください。ええと、ヴィン……」
「レナ=ヴィンセントと申します」
「ヴィンセントさん」
「敬称など不要です。この度は娘がご子息にとんだご無礼を働きまして、本当に申し訳ございません」
再び深々と下げられる頭。見かねた当の娘が「でもルルはわるくないもん」と抗議の声を上げた。
「あのかた目が」
皆まで言う前に、レナの平手打ちがルルの頰に炸裂した。
「その言葉は二度と使うなと言ったばかりでしょう。もう忘れたのかしら、この子ったら」
恐ろしいほどに淡々としたレナの言葉を、果たして娘は聞いているのか。赤く腫れた頰を手で押さえるルルの目は既に潤んでいる。
「あの、何もそこまで……キリアンが隻眼なのは本当のことですし」
「ほら、おばちゃんだって」
「お姉さん!」レナが一喝した「どう見てもお母さんより若い女性になんてことを言うのあんたは!?」
いや、たぶん同年代です。
ベラが心の中で指摘している間に、ルルはついに限界に達したらしい。火がついたように泣き出した。思わずベラが両手で耳を塞いでしまうほどやかましい泣き声だった。




