(八)決意の魔女
眼下に広がる王都の街並みは、雑多な印象を受けた。
田舎のレムラよりも賑わってはいるが、かといって洗練されているとは思えない。きらびやかな宝石店に毎日のように通う者もいる反面、その日のパンに困る者もいる。ただ、貴族という上流階級が一緒に暮らしているというだけで、民の生活水準は大して変わらないのだろう。
ともすればルルの唇には自嘲の笑みが浮かんだ。
王都にさえいけば豊かな生活が待っているなどと夢想していた、無知で愚かで幼い自分が滑稽だった。
「感慨深いね」
クリスがテラスの傍らに立つ。
「ここから王都を一望するなんて、一介の魔女だった頃には考えもしなかった」
それはそうでしょうね。口には出さなかったが、ルルは呆れた。この国において魔女が王城の牢獄ならばまだしも客間に通されるなどありえない。
『暁の魔女』を束ねる首領で、策士であるクリスは、どこか抜けているところがある。最初は油断させる演技とも疑っていたが、どうもこれが素のようだ。
だからといって、全く油断ならない相手であることには変わりないが。
「もうすぐ君の兄君がやってくるだろう。ソリ=オルブライトの魔導石を持って」
クリスの言わんとしていることをルルは的確に理解した。小さく頷き、踵を返し――かけて、クリスを睨みつける。
「約束、わかっているんでしょうね?」
「もちろんだとも。君が約束を守ってくれるのなら、私含む『暁の魔女』はジキル=マクレティには手を出さない。ロイス=マクレティにも危害を加えなかったのだから、そこは信用してほしいな」
「おあいにく様。私は誰も信じないわ」
「家族以外、はね」
ルルはクリスへの視線を強くした。
「家族が一番信用できないわ」
ルルは吐き捨てると魔法陣を展開させた。転移の魔法だ。
クリスは感心したように、満足したように、唇に笑みを形作る。
赤竜ディオ=ゴドンから始まった計画は最終局面を迎えた。海獣リア=シードル、地底獣グロ=ファーニヴァル――そして邪竜ソリ=オルブライト。必要な魔導石はあと二つだけだとクリスは言う。
その一つ、オルブライトの魔導石を奪うのがルルの役目だ。
(これで終わりよ)
ルルは気を引き締めた。
きっと兄のジキルは自分を許さないだろう。絶対に怒るだろうし、もしかしたら絶縁されるかもしれない――知ったことか。ジキルやロイスにどれだけ責められてもルルは露ほども痛みを覚えない。
母を失ったあの時から、ずっと決めていたことだった。
「さあ、最後の狩りを始めようか」
クリスの宣言と同時にルルは転移を発動させた。




