(四)親切なひねくれ者
「しかし毒殺未遂に関しては疑いを晴らせる証拠がありません。魔導石を砕いて調合することならば魔力を持たない普通の人間でもできますし、仮にエリシア様本人にそのような技術と知恵がなくても、出来る者を探して依頼すればいいだけのことですから」
そうこう話している間にロイスは魔獣の体内から魔導石を見つけ出した。傍目には拳大の宝石。ジキルには魔力が宿っているのが見てとれた。
「これ、貰ってもいいですか」
「どうぞどうぞ」
ロイスに言うつもりはないが、ジキルとしては今回の宿代と迷惑料のつもりだった。魔力の量にもよるが魔導石一つで一年は飢えずに済む。それに、ロイスは料理の他に秘薬の調合を趣味にしている。調合には良質な魔導石が必要不可欠。
「話を戻すけど――結局、エリシア様の嫌疑は晴れなかったのか?」
「ええ。とはいえ決定的な証拠もなかったので、離宮に幽閉されたそうです。エリシア様は元々お身体があまり丈夫ではない方だったので、ほどなくして病で身罷りました」
幼い時に父親を失い、母親は叔父殺しの嫌疑を掛けられた挙句の果てに亡くなった。クレア王女の心痛はいかばかりなのだろう。それでも新王である叔父の命に従い、邪竜オルブライトの生贄になった王女。
「たしかに複雑だな」
自分だったら、真っ先に逃げ出すだろう。自ら生贄に志願するなんて論外だ。自殺願望でもあれば別だが。
「もしかすると、クレア王女は絶望されていらっしゃるのかもしれませんね」
ロイスも同じようなことを考えていたようだ。急にジキルは腹立たしくなった。
「もうどうでもいいから生贄になって、だから助けられても感謝もしない。得体の知れない魔獣狩りと結婚させられそうになっても文句一つ言わない」
酷い話だ、とジキルはぼやいた。自分の人生に悲観するのは結構だが、他人を巻き込まないでほしい。ジキルにとってはどうでもいい問題ではないのだ。
「ここでいくら悪態をつこうが兄さんの勝手ですが、どうするんです? 礼服がなければどなたかに借りるなりしなければ」
「服がないからお断りしよう」
「シンデレラみたいなことを言わないでください。報奨金だってたんまり貰っていたじゃないですか」
王都ならばともかくこんな田舎町では、いくら金を積もうが半日で礼服を用意できるはずもない。こうなったら仮病でも使って休もうかとジキルが画策していたその時。
「聞き捨てならんな」
ジキルとロイスは同時に入口の方を向いた。立っていたのは今朝会ったばかりのクレオン。服装も傲岸不遜を絵に描いたような態度も相変わらず。ただ一つだけの違いは、右腕に下げている服だった。色と装飾から察するに軍服と思しきそれも気になるが、先ほどの会話を聞かれたことの方が問題だった。姉弟二人きりをいいことに好き勝手に喋っていた。不敬罪に問われてもおかしくはない。
「いつからそこに?」
「服がないからお断りしよう、からだ。僕の杞憂かとも思ったが、案の定だな」
クレオンが無造作に放った物を慌ててジキルは受け止めた。
「他人に渡す時いちいち投げるのが貴族の礼儀なのか」
「何か不満でも?」
「いーえ、別に何も」
手紙でも手袋でもないそれを両手に持って広げてみる。
「「あ」」
ジキルとロイスの声が重なった。
濃紺を基調とした軍服。一見するとクレオンが普段着ている軍服と同じに思えたが、片肩には金糸の飾り紐が胸にかけて吊るされている。襟元や袖口に施された精巧な刺繍といい、儀礼用であることはジキルでさえわかった。
「僕の礼服だ。仕立て直す時間はないが、お前とは大して体格が変わらない。食事の間だけならばなんとかなるだろう」
事務的に淡々と言うクレオンの顔をついまじまじと見る。よもや『大嫌い』で『信用できない』輩のためにわざわざ自分の儀礼用軍服を引っ張り出して貸してくれるとは思わなかった。
「これ、着ていいのか?」
「服がないからとすっぽかされたら、監視役である僕の見識まで疑われるからな」
ジキルは感動していた。ともすればクレオンの憎まれ口もなんだか照れ隠しのように思えてくる。
「お前、意外といい奴だな」
「……それは礼を言っているつもりなのか」
剣呑な声音。ジキルは返すまいと礼服を両腕で抱え込んだ。
「ありがとう。すごく助かる」